不吉な眼差し


 いつもだったら自分に殺意を向けられたらばもはや視認できない速度でられる前にるサイなのに。やはり、よほど傷が深いのだろう。ならば、この視線は有害だ。


「許さない、サイ。邪魔をしてデオレドを、ああそう。お前のせいで……許さないわ」


「なにを言っているのかわかりかねますが、身からでた錆、という言葉をご存じか?」


「この娘が邪魔さえしなければウッペを敗れたのに。なのに、デオレドを喪うなんて」


「手前勝手にもほどがある」


 ファバルの感想。まさしくその通りなのだが、チェレイレの怨嗟の瞳は逸れることなくサイを睨みつけている。心の底からこのことで殺すべきをサイに固定している。


「セツキ様、いつでも」


「一刻も早く頼みます」


「ははっ」


「ケンゴク、トウジロウには捕縛呪錠を。距離が充分開いたら私が解呪します」


「承知しやした」


 セツキから最後の指示がでたので動きだす。ケンゴクが踏んでいたトウジロウを慎重に立たせて兵士たちがふたりがかりで運んできた捕縛呪錠をかけて拘束する。


 ケンゴクが先頭に立ち、ファバルの部屋をでていく。そのあとに王妃や王女たちが兵士らに乱暴に連行されていく。その時、ココリエは奇妙な感覚を覚えた。うすら寒い、とでもいうのか、不気味で、鳥肌が立つ。なにか、底知れぬ怪物に睨まれたような……。


 去り際のトウジロウの目に原因があるのだろうか? 彼の灰色の目に一瞬、鮮やかな翠が差したような気がした。もちろん、そんなことはありえないと思うが、それでもなんとなくいやな感じだ。気味が悪い。


 ――ごそ、もぞもぞ……。


「ん?」


「すぅー、すぅー……」


 シレンピ・ポウ一行の気味悪さにココリエがいやな気分になっていると腕の中でなにかが動いた。見おろすとサイが寝返りを打っていた。いつもだったらありえない。他人の腕の中でこんなにも安心して眠ることも、寝返りを打っても気づかないとか。


 ココリエは眠っているサイを起こさないようにそれでも力いっぱい抱きしめた。このぬくもりが、重さが、平和な寝息もすべて喪ってしまうところだった。


 あの時の「おやすみ」が永遠の別れに思えてならないくらい、駆けつけ、サイの血と重傷を見て血の気が引いた。取り乱してセツキに掴みかかった。


 心臓の音が異常に大きく聞こえた。息苦しいほどに。心臓が飛びでてきそうだった。


 「サイが死ぬ」それを想像して足下に穴が開いたような、崩れたような感覚に陥った。そのまま底まで落ちていってしまうような……。アレこそ絶望の兆しだった。


「風呂はまだ温度があるかの?」


「はい。先ほど遅番の兵たちが入っていましたので。なぜでしょう?」


「仕事の続きをするにしてもさすがにこのままの格好ではなんなのでな。湯を浴びさせてくれんか? 騒動、大騒動でちょいと疲れたしな。少し休憩させてくれ」


「……。それは、気づきませんでした。どうか平にお許しください、聖上」


「ああ、それはいいから、お前も付き合え。背を流してくれると大変嬉しい」


「では、そのようにご用意を」


 ファバルの休憩くれ、に素直に応えてセツキは部屋をでていく。暗殺されかかったことを重く受け止め、王の休息を許可した。先までは仕事で忙殺する気満々だったが事情が変わった。王からの軽い誘いに乗ったセツキは風呂支度に部屋をでていった。


 そうして、ファバルの部屋にはファバルとココリエ、眠っているサイが残された。


 なんとなく沈黙がただよっている。それが異様に肌に刺さる気がするココリエがサイを抱えて退散しようとした瞬間、図ったようにファバルが声をかけてきた。


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