処断
呆けていてもデオレドは「死ね」と言われているのは理解できたのか後退りしようとしたが、セツキが止めた。鷹の目にはひどく冷たい色がある。そこには敬愛する王を暗殺されかかった以上の感情があった。まるで誰かの仇を討とうとしているかのように。
「ま、お待ちくださいファバル王陛下!」
「はて、待ったなしで私を殺そうとしたのはどこの誰だったでしょうかな? ご自身の胸にお訊きになってみられてはいかがか、シレンピ・ポウ王妃よ?」
「しかし、しかしっ!」
「聞く耳持ちませんな。さあ、王子、誇りがあるのならば母の罪くらい清算してみせよ」
「い、や、ま、待ってくれ。そんな、俺は、俺がどうして……俺は悪くない!」
「だが、私は間違っていない。身内が犯した重罪は家族の中でも責任を負うべき者がかぶるべきだ。ここにオッタリト王はいない。ならば次代を担うお前が最高責任者だ」
ファバルの無情な言葉がデオレドに叩きつけられていく。デオレドはひたすら首を横に振る。信じられないのだ。それだけでココリエはあの時、酒宴から抜けたあとサイが言っていたことを理解した。娘たちに戦闘訓練を強いて、息子にはなにも習わせない。
その理由。戦を妹たちにさせてデオレドは安全に王位を継ぐよう育てられたのだ。
だからサイの拳に反応できなかった。溺愛されて育ったが為にたかが女に遅れを取ったのだ。まあ、鍛えていたとしてもサイの拳骨を躱せたかは甚だ疑問だが。
「どうした? 早くしろ。私は忙しい」
「い、やだ。俺は悪くないっ! 悪くないんだ! なのに、どうして俺が、俺に死ねと」
「二度は言わぬ。そして時間切れだ」
時間切れを宣告したファバルはデオレドの足下に放った刀を無視して自分のうちに眠る法力で武器を創造。
紅蓮の刀が現れた。サイの黒い刀とは違う。白い刀身は蠟燭の頭に灯った火の赤を受けて鋭い輝きを見せた。ファバルの氷点下の瞳がデオレドを見据える。それは獲物を狙う獅子の目であった。そこから先は一瞬だった。
母親と妹たちが騒ぐ前にセツキがデオレドの背を思い切り押して突き飛ばした。
当然戦闘訓練を受けていないデオレドが反応できるわけもなく、突き飛ばされるまま足を縺れさせて前に進む。が、すぐに歩みは止まった。ファバルの腕が振られ、白き刃が半円を描いた。ぽん、と飛んだなにかが部屋の床に広がったサイの血海に落ちる。
本当に刹那の出来事だった。ファバルの一閃でデオレドの首は宙に舞い、落ちた。
誰も口が利けない。あの王妃ですらも硬直してしまっている。あまりのことに現実を拒否しているのだ。手塩にかけて育ててきた息子を呆気なく殺されて……。
デオレドの首から血はでていない。
ファバルの刀が発する熱で傷口が焼け、止血されていたのだ。ファバルは目でそれぞれに合図。トウジロウを除いたシレンピ・ポウに属する者を解放させた。一番に動いたのはチェレイレ王妃。息子の刎ねられた首に歩み寄り、持ちあげた。
サイの血が滴る。サイの血で汚れたデオレドの首に、顔にあったのは極大の恐怖。これから死ぬ。殺される。終わってしまう。それに恐怖を抱いたのだろう。
可哀想なことだ。母親の愚行で若くして命絶たれるなどと。だが、罪には罰が必要。
チェレイレはきっと自分や娘が殺されても夫の跡継ぎであるデオレドさえ生きていれば祖国は安泰、と思っていたのだろうが甘い。甘すぎる。ファバルがそれくらいのことに気づかない筈ない。だからこそ、ファバルは最も価値ある贄としてデオレドを選んだ。
これは当然の結末。当然の結果。当然に誰もが予想して然るべき現実。だが、王妃は予想できなかった。その考えなしが憐れだった。もっと慎重になればよかったものを。短慮を起こしてファバルの逆鱗に触れ、愚かしく憐れみを乞おうとして切り捨てられた。
滑稽だ。どこまでも滑稽なひとの世の常。
「……よくも」
しばらくは誰も口を利かなかった。だが不意に、地獄から響くような声が聞こえ、怨嗟を吐きだして一点を睨みつけた。睨まれた者はだが、微塵も気にしていない。
ゴミを斬り捨て掃いて消したかのような無情な瞳で呪う目を見つめ返した。
「よくも、ファバル、よく、も……よくもぉおおおおおおおおおおっ!」
チェレイレ王妃の怨嗟の叫びに王はなにも言わない。まるで雑音であるかのように王妃の叫びを無視してセツキに目配せした。承ったセツキは騒ぎに駆けつけた兵たちの何人かにシレンピ・ポウの一行を
「おのれぇええええっ、許さぬ、許さぬ! よくも、よくもデオレドを、わたくしの愛息子を……ああ、そう」
ファバルの処刑で断罪に怒り狂って叫んでいた王妃の目が一点を見据える。
その先に在る者、いつになく安らかに眠っているサイ。王妃の目は女戦士を射抜いていた。……並々ならぬ憎しみを以て。まるで、ファバルからサイへ憎しみの対象が変更されたかのように。蜘蛛の瞳には轟々と燃え盛る憎悪と殺意があった。
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