ふたりきり会議
今日、昨日の宴に参加した者の中で何人か体調不良を訴えて寝込んでいるらしい。そのせいで仕事の皺寄せが来るのでご勘弁を、と朝起きた時、伝言者が言っていた。
なので、朝の鍛練も早く切りあげて仕事をするつもりでいたのだが、まさか薬が見つかるとは予想外だ。これはこのまま時間を潰してしまうのはまずい。
「気づいていないフリを努めよ」
「そうだな。まずは父上に……ん?」
「あちらに油断を持たせることが私たちにできる唯一の手だ。今言っても捏造だと騒がれて逆にこちらを悪漢と仕立て、無差別にあの男をけしかけられては面倒だ」
「……トウジロウ、か」
呟いてココリエは思いだしていた。あの時、中庭でサイと戦った
たしかにアレを無差別にけしかけられたら平均者はもちろん、備えがない状態ではケンゴクやセツキも危険だ。サイに備えがなくて今命があるのはナニカの差なのだろうが、そんな曖昧なことでは困る。しかし、報告も連絡も相談もできないとなると……。
「どうするつもりだ?」
「今は待ちの一手だ。案ずるな。そのうちいやでもボロをだす。ウッペを落とすことを考えているのならば必ず狙う者がいるのだから。安心しろ。張りついていてやる」
「仕事はどうする? まさか仕事しなが」
「それのそばでやる。終わったものはカザオニに配達させるので心配無用」
仕事しながらは無理だろう? と言いかけていたココリエに先んじてサイが答えた。
ココリエは相手の女が規格外であることを改めて思い知らされた。んな難しいことをこともなげに言わないでほしいものだ。ああ、仕事の処理能力でも追いつかれてきた気がするなぁ、とココリエが思っている間にサイは朝餉を食べ終わった。
好き嫌いもなく食べるのも早い。彼女に欠点があるとしたら表情がないことに限るだろうか、それとももしかしたらなにかとんでもない弱点があったりして?
「くだらぬ思考はなにもしていない時にした方がはかどるぞ、とだけ言っておく」
「え!? な、ななんなんのこと」
「その常套句がでてくる時点でくだらぬ思考をしていたと暴露しているぞ」
「ぅぐっ」
「まあ、どうでもいい。私は早速だがアレのところにいってくるので、仕事はカザオニに持たせろ。それと、セツキが私の所在を訊いた時の言い訳を考えてくれ。じゃ」
「え、ちょ、待っ」
セツキへの言い訳を考えるってそれこそ大仕事だ、と抗議しようとしたがもういない。
サイはココリエに反論させずさっさと部屋から消えた。きちんと自分の食べた膳を持っていったのでそこは褒めるがそれ以外は無茶振りここに極まったり、である。
だが、サイを呪ってもどうしようもないので、ココリエも食事の最後、一口を飲み込んで膳を厨に持っていき、自分の執務室に急いだ。そこですでにセツキが待っていたのでココリエは途端に顔をひきつらせた。
「ココリエ様?」
「あぉい、な、なんでもない」
「……。そう、ですか。では、本日のお仕事をお持ちしております。サイの怪我は?」
「ああ、見た目ほどではなさそうだが、無理をされて悪化しても困るので今日は休め、と言っておいた。まあ、聞くわけないと思うのでそのうち顔をだしそうだが」
ココリエはさも困ったものだ、という顔でセツキに言い訳をしたが、果たして納得してくれるか? と超不安である。昔からセツキに嘘が見破られなかったことがない。いつもバレて叱られるのだ。詰めが甘いのだろうが、それ以上にセツキが鋭すぎるのだ。
ココリエがふと昔のことを考えていると、セツキが深々とため息をついた。
「あの娘は本当に自らを顧みませぬな」
「……ああ、悪癖以上のナニカだ」
「では、一応サイの仕事も置いておきますのでもし、万が一あなた様の言いつけを破って顔をだしたら渡してくださいますか? 本日は人手が足りませぬので」
「わかった。しかし、人手が足りないとこれだけ仕事が増えるのだな。びっくりだ」
「そちらは聖上が怠けられていた分でございます。下の仕事をあなたに押しつけませぬ」
「……どうしよう。父上を呪いたくなった」
「お控えの上ご理解ご了承ください」
父親を呪いたくなった、と言ったココリエの目の前には仕事の山。これは怠けたにしても溜めすぎではないか?
ココリエの顔が死んでいくのでセツキは同情するようにそれ以上はなにも言わず、部屋を辞して自分の執務室に向かっていった。部屋にひとり残されたココリエはセツキが置いていったサイの仕事を一応確認しておこうと思ったが、もう塵ひとつもない。
サイと同じくらい仕事が早い鬼がちゃっちゃと仕事を主の元に持っていったらしい。
やれやれ、と思ったココリエだが、今はサイが目星をつけている狙われる者の安全を願って自分がやるべきをやるしかない、と思って仕事をしていく。
「……三日にわけよ」
しかし、本当によくぞここまで仕事を溜め込めたものだ。もう、感心を通り越して尊敬してしまう。父親の怠けっぷりに負の感心をしてココリエは仕事をはじめかけたが、あまりの量にちょっと考えてから数日にわけよう、とひとりごちた。
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