王へのお使い


「ファバル、いるか?」


「サイか? どうした?」


「仕事しているか、というのとココリエから確認してほしい、という文を持ってきた」


「……。えー、まあ入れ」


 ちょっと不可解な間があいたが、ファバルは来訪してきた者に入室を許可した。


 ココリエに狙われそうな者に張りつくと言っていたサイなのに、ファバルの部屋に届け物をしには来るらしい。まあ、カザオニに王へお使いを頼むのはちょっとアレなのでわからないでもないが。余計な一言のせいでファバルは一瞬黙ってしまった。


 サイはそのことに突っ込まない。そしてそのまま木簡片手に王の部屋に入った。


 部屋の中は、王様の部屋とは思えないゴミ屋敷ならぬ木簡屋敷と化していた。


 セツキの雷が落ちるまで溜めに溜めた仕事の山脈が圧巻すぎることにもサイはノーコメで文机のところに緩く拘束されている王に文を渡した。サイは中身を知らないがカザオニの伝言では南の同盟から憂い文だそうだ。


 なにを憂いて文を寄越したのかもサイは知らない。自分に関係ないのでわざに訊かないでいる、が正しい。サイから文を受け取った王はげっそりして元気なっしんぐ。


 いやまあ、身からでた錆、というか、日頃の行いが正しく跳ね返ってきたのだけどね。


 なので、サイは憐れみの欠片も抱かない。


 ひどいサイ。だが、王は憐れみをもらえるなどと期待していなかったので別段傷は深くない。サイから木簡を預かって早速開いてみる。中身を流し読みする間、サイはその場で待機している。多分返事をどうするか、というのを聞いて帰れ、と頼まれているのだ。


 そうでなければこの女が無駄な時間をそれも王のところですごす筈がない。と、不意なことにサイがファバルではなく入って来た戸の方を見た。サイが動いたのを視界の端に見て王もそちらに視線をやる。


 黄色の着物。紅い帯。目に痛い姿の女が立っていた。戸を開ける許可をだした覚えも、許可を求めることもなかったことにファバルは一瞬瞳に剣を宿したが、まあそこまでめくじら立てることでもないか、と思い直したようである。


 ため息の音。見るとサイが小さく吐息を零していた。やはりチェレイレの姿に目をやられてしまうのだろうか? それともなにか思うことでもあるのか。そこら辺はサイのみぞ知るなのでなんとも言えないが、突然の来訪にファバルは怪訝な顔。


「ファバル国王陛下、折り入ってお話がございます。お手すきでしょうか?」


「見ての通り、忙しくしていますが、火急的な用件でしたら伺いましょう」


「そこほど急ぐものではありませんので、王陛下のお手すきに結構でございます。先客もいらっしゃるようですし」


 先客、と言って王妃が見たのはサイ。サイはいつもの無表情で王妃の笑みを睨む。


 無断で部屋の戸を開けた王妃は一礼だけして王の部屋を去っていった。なにかと無礼な女である。と、そう思ったファバルが常時無礼娘を見ると、彼女には珍しくずいぶん厳しい色を目に宿していた。その様、まるで警戒するかのよう。


「サイ、見合いに来た者を警戒しすぎるな」


「そうもいかぬ。これが私の性分だ」


「ははは、それもそうか。……いや、ひょっとしてだがサイ、そなた嫉妬しとるのか?」


「しっと? ……糞のことか?」


「なんでじゃ。やきもち焼かんのか、と訊いているのだ。どうして汚物がでてくる?」


「私の仕事は戦うことだ。炊事ではない」


「いや、あの、本気でわからんのか? ボケではなく? まじめに言っているのか?」


「イミフ」


 本当にサイからしたらイミフ祭だ。いっそパーラダイスな感じにイミフの三文字がそこかしこで踊っている不気味な絵がサイの中に一瞬だけ浮かんだ。即行消したサイは王の机に湯飲みを置いて部屋をでようとしたが、これをファバルが呼び止める。


 なにか、とばかりサイは怪訝そうに振り返って王を見たが、ファバルはいつもの彼らしくない表情でいた。手招きし、自分の対面をすすめた。


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