騒動のあとの食事
「あなたは本当に生傷が絶えませぬなぁ」
「うるさい。なら診なくて結構だ」
「診ます。絶対診ます。ルィルシエ様がご心配なさったらあなたとて困るでしょう?」
ハチが言ったことにサイはひどく不貞腐れたような雰囲気を瞳に揺らした。卑劣にして卑怯な脅しを受けた、まさにそんな瞳。だが、すぐハチに怪我を診せた。
ハチは丸眼鏡を鼻の上に乗せ直して治療を開始した。いくつか丸薬をサイに手渡し、自分は傷薬を煎じる。サイは渡された薬の量に「げぇ」と言いたげな目だがルィルシエに騒がれるのはまっぴらゴメンなのでひとつずつ口に放り込んでは水で流し込んでいる。
サイがすべての薬を飲み終わったと同時に傷薬ができあがったのでハチはまず手拭いでサイの傷口を拭いて、刷毛を使い、薬を塗っていく。見るからに沁みて痛そうな薬なのだが、サイは瞳にすら平然とした雰囲気。手負った時の方が痛かったのだ。多分。
着々とサイの治療が行われている向こうでチェレイレがファバルに謝罪しているのが見えた。非があるのはどう考えなくてもシレンピ・ポウの側なのでチェレイレが代表して謝るのはわかる。しかし、ココリエが気になったのは……。
「ココリエ」
「サイ?」
「茶を淹れる。私室で待て」
簡潔に言ってサイは包帯を巻かれていく。かなり鬱陶しそうにしているがこれがないと傷は開き放題だ。しばしの我慢である。だが、よくわからない指示だ。茶を淹れてくれるのはありがたいが、どうしてこの間で?
そう思ったが、サイなのでなにか考えがあってのことだ。だったらこちらも気を利かせるべきに違いない。それに、朝早くから動いてその上、騒動で腹が減った。
「わかった。きちんと治療してもらってからな。では、余は朝餉の膳をもらってこよう」
「うむ」
ひとつ返事をしてサイは包帯ぐるぐるされていく。細かく動かせるようにしろ、どつくぞ、などと注文なのか脅迫なのかわからないことを言いながら。
ハチの困った声とサイの脅迫じみた声を聞きながらココリエは中庭から離れて厨の方へと向かう。早くにできていた二膳をもらって私室にいくとサイがどこでいつの間にどういう神業でやったのか知れないながらも茶を淹れて待っていた。
女は両腕が絶対に隠れるように長袖の「しゃつ」とかいう海外の服を着てココリエが見たことのない素材を使った手袋をしている。これならお洒落、という言い訳でも通りそうなくらい洗練された格好だった。
「待たせたか?」
「いや」
言葉短く返したサイは茶をココリエの方へ寄越し、ココリエからは膳を受け取った。
かなりひどい怪我だったと思ったのだが、サイは普通に膳を受け取り、膝の先におろしている。なので、ココリエも必要以上につつかないようにしよう、と思って膳を置き、茶をとりあえず一口含んだ。
「アレらの目的はウッペ陥落であろうな」
「ぶーっ!?」
サイの衝撃発言にココリエは含んだ茶を丸々噴きだしてしまった。これに対するサイの反応は当然「汚いな」という瞳だったのだが、ちょ、ちょっとお待ちになって?
ゲホゲホ噎せているココリエの背をいつもに比べると優しくトントン叩いてやるサイだが、瞳は呆れている。どこを呆れの対象にしているのか不明だが、ココリエとしては自分の反応こそ普通と思っているのでサイに目で抗議しておいた。
ココリエの抗議する目にサイは追加で呆れる。これくらい悟れ、気づけ、思いつけの三拍子でココリエを見ているのだが、普通、一般的にはそんな思考にいたらない。
見合いに来た相手が祖国を陥落させようと目論んでいるなどと。いったいなにがどうしてどう事故ったからそんな答がでてきたのだろう? 謎すぎる。
「昨日の第一を見ていて思ったことだが」
「サイ、王女をつけろ。さすがに失礼だ」
「長女を見ていて気づいたのだが、あの女、セツキになにか盛ろうとしていた。怖いもの知らず極まれり、だな」
「サイ? サイは、サイだけはそれを言ってはいけないと思うのは余だけか? え、や、しかし盛るって薬をか?」
「カザオニに頼んで客間を探らせたらこのようなものが大量にでてきたらしい」
言って、サイはココリエの方へ小さな薬の包みを寄越した。紙越しに見えるので実際はもっと色が濃いのだろうが薄桃色の粉が入っているのが見える。
ココリエがサイを見ると、サイはすでに調べ終わったあとなのか簡潔に返した。
「眠り薬と脱力剤、まあ、筋弛緩剤を混ぜたものだ、とカザオニが分析してくれた」
「カザオニは薬にも詳しいのか」
「祖国で薬剤を積極的に学ぶ者が多く、一般人も平均知識量が多い医者泣かせの国だと」
だから、この戦国での薬など単純なものは薬物を専門的に学んでいなくても簡単に分析解読できる、ということ。だが、眠り薬に筋弛緩剤? 盛られたらどうなるのか考えただけで怖い。眠たくなってさらには体に力が入らないということ。つまり……。
「無力化しておいて殺す? そうやってひとりずつ城の人間を殺めていこう、と?」
「他の解釈があれば教えろ。今後の参考にしてみることがあるかもしれない」
そんなものないに決まっている。だが、そうするとココリエにも心当たりがある。
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