宴会場のお外で
「サイ」
「うむ。来なければ己も殴ったところだ」
サイは宴会場のすぐ近く、中庭に通じる回廊へ繫がる通路で柱にもたれて待っていた。
いや、それよりもなにか聞き捨てならないことを言ったぞ、この娘。ココリエが首を傾げるとサイは呆れたような瞳をしてココリエの額を軽く小突いてきた。
「ボケている場合ではない」
「どう、いうことだ?」
「あの女共、妙だ」
話が唐突すぎるのはサイの悪癖だ、と思ったが今はそのサイの話が重要だ。
……もしかしたらセツキはサイの挙動に不審を覚えてココリエに追うよう合図したのかもしれない。やはり、セツキには一生かかっても勝てそうにない。
「妙、とは?」
「普通の女らしからぬ。私の殺気に姫として育った者が眉ひとつ動かさぬのは奇妙だ」
「それは」
「あの小娘、私の目をまっすぐ見てきた。普通ならば逸らす。ボロをだす辺りは素人なので隠密の訓練などはされてはいないだろう。だが、確実に戦闘訓練を積んでいる」
突然に突飛すぎる。嫌っているが故の偏見かとも思ったが、そういえばと思いだす。
あの時、キュニエは青い顔をしていた。が、なんとなくつくりものめいていた、というかどこか違和感があった。
よく、あの時のことを思いだしてみる。
唇を震わせているだけで体は微動もしていないとか、目に強い意思があったことなどが原因だろうか? しかし、それで戦闘訓練を受けている、というのは……。
「さすがにそれは」
「第二だけではない。第一も兄が殴られ、吹き飛ばされたというのに悲鳴のひとつない」
「……。そう、いえば」
「ひとつの違和感ならば無視できる。だが、複数重なると異様しか覚えない」
もう、さすがすぎる。警戒心が固まると困りものにしかならない、といつもなら思うのだが、こういう時はサイの勘がものを言う。女戦士の勘はシレンピ・ポウの王族姉妹に違和感を覚えた。だが、それならば王子はどうなのだ?
「あの王子も奇妙だ。アレくらいは戦闘経験があれば止めるなり、避けられる筈」
「……、いや、そんなまさか。王女たちが戦闘訓練を受けているのに王子がなにも?」
「ありえぬことではない」
ありえないことではない、と言ってサイはどこでいつの間に拝借してきたのか串焼き魚を三本、手首に紐で水筒をふたつぶらさげ、ココリエを誘うように歩きだした。
このままここにいてもなんなのでお誘いに乗ることにしたココリエがついていくとサイはいつも鍛練に使っている中庭まで来て回廊の一角に座った。そこにはいつの間にか皿が置かれている。サイはそこに魚を置いて水筒から水を飲んでいる。
水で喉を潤しながらサイは隣を指で軽く叩いた。が、少ししてしっしっと追い払う仕草をした。「座りたければ座れ。いやならあっちいけ」という意味なのだろうが、相変わらずで敬いの欠片もない。そこがサイらしさであり、彼女のいいところ。
ココリエがサイに対して初対面の時から構えずにいられた最たる原因。この男前な態度が故。苦笑し、ココリエはサイの隣、魚の皿をはさんで座って、足を投げだした。
すかさずサイはココリエに水筒を差しだしてきた。ありがたくいただき、ココリエも酒で焼けた喉を癒すようにゆっくり水分を補給する。キュニエの酌でちょっとできあがっていたので冷たい井戸水が喉に心地いい。サイは続いて魚を差しだしてきた。
「厨でもらってきた」
「よく残っていたな」
「傷があって見た目が悪く、だせなかったものらしい。小腹がすいたと言ったらくれた」
言われてみると捌いたにしては捌くのにつかない場所に傷が複数ついている。
たしかに見た目は悪いな、と思ったココリエだが、酒をこれでもかと飲まされてあまり料理を食べていないので腹が減っている。……。もしかしたらココリエの空腹を見越してもらってきてくれたのかもしれない。
そう思うと、変に気を遣ってもらって悪いような嬉しいような不思議な心地。
――これが、恋することなのだろうか?
ふと、そんなことを、恋することなどと浮ついたことを考えかけたココリエだが、思考に蓋をしておいた。これは違う、と。そう思ったと同時、ずきりと胸が痛んだ。
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