さっさと退場


「ぶッっ!?」


 突然であり必然であった。


 ウッペの者にとっては予想に易いことだったのだが、実際に目の前で起こると度肝を抜かれる。上座の席からデオレドの姿が消え、赤いナニカが飛散しながら人間っぽい物体が酒宴の会場を吹っ飛び横切っていき、やがて壁にぶつかって頭から埋まった。


「死ね。クソド変態」


「サイ、そなた、まさか本気で……っ」


「あの程度で死ぬならば戦に一歩踏み入った時点で死ぬ。どうせ生きていて残念賞」


「あ、あの、サイさん? 敢えて一応訊くがまずいことをしたという自覚がないのか?」


 動揺のあまり酒に噎せ終わったココリエの言葉がおかしくなる。サイに敬称をつけるのもおかしいが、いつもの聡明が出張し、アホの言いまわしになってしまっている。


 そして、サイの答をしっかりと予想した上で言っているのでサイにアホを見る目で射抜かれてしまっている。瞳には凍土と侮蔑とあとナニカ。とりあえず超不機嫌。


「腐れどうでもいい。まずいなら焼却して消せばよいのか? 灰は枯れ木にまくのか?」


「どうしてそうなる!?」


「枯れ木に花を咲かせましょ、という話があった気がする。犬の灰だった。人型変態野郎の灰ならなにが咲くのか実験してみないか? と思っただけだが?」


「こともなげに言うな! 怖いっ」


「厠の付き添いはセツキにでも頼め。霊がでても得意の説教で降参してきっと消える」


 ああ、暴言が留まるところを知らないってか、いろいろと飛び火ってどういうこと?


 これ、どうおさめたらいいのでしょうか? どなたか大至急サイに言って聞かせられる勇気に満ちた英雄様に知恵をくれ。悩める騎士の前に知識ある女性にょしょうが現れるのは物語の中だけなのでしょうか? ああ、へるぷ……。


「なん、お兄様になんてことを!?」


「身からでた錆」


「なに言っていますの!? 傭兵の分ざ」


「おい」


 兄を殴られ、壁に埋没させられて激昂しているキュニエの言葉が途中で止められる。


 サイの冷たい零下の銀瞳が少女を射抜いていた。美しく着飾らされていても彼女の本質は戦士。ただの女とは違うというか、違いすぎている。究極胆力が違うのだ。


「勘違いするな、目障り小娘」


「な」


「私がお前の兄を接待したのは上の命令が故であり、不本意極まりない。堪えてやっていたのに、私にクソったれた妄想を膨らませたばかりか命令されるなど冗談ではない。私はウッペの傭兵であり、己らとは関係ない。これ以上ふざけるなら……殺すぞ」


 会場内がひやりと冷えた。サイの殺気が充満していくようだった。至近距離でキュニエを睨みつけるサイは本気だ。これ以上刺激しては本当にシレンピ・ポウの兄妹を始末してしまいそう。どうしたものか、と思っていると意外なことが起こった。


「私はこれでいとまするぞ」


「サ、サイ?」


「ろくでもないこんなものにでてやろうと仏心を起こした私がバカだったのだ。クソっ」


 キュニエを睨みつけていたサイが踵を返したのだ。そしてそのまま会場をでていく。いや、でていったあとで声が聞こえてきた。サイの姿は一瞬以下で消えていた。


 クソ、と誰に言っているのかさだかでない悪罵を吐いたサイは無音で去っていく。おそらくアレも縮地なのだろうが、まったく見えず、わからなかった。


 「入り」も「抜き」も気配がなく、欠けのひとつもなく完成された戦士の歩を見えないながらも見せつけられてなぜか悲しくなったココリエが下を向くと隣でひとがへたり込むのがわかった。サイの殺気に中てられていたキュニエが青い顔をしていた。


 だが、どう言って慰めたらいいのかわからない。サイを逆撫でしたのは、逆鱗をつついたのはシレンピ・ポウの兄妹だ。それは変えようがない。


 どうしたものかと対応に困ったココリエが視線を彷徨わせると鷹と目があった。するとセツキがなにか意味ありげな瞳でココリエを見て、ちらっと出入口を見た。


 いつもだったらわからない合図だが、それがサイ絡みではないか、と思っているココリエはこういう場合に限って勘がいい。キュニエを近くの者に任せてサイを追った。


 探した時間はさほど長くなかった。


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