早朝の鍛練
「……」
「ぜえ、はあ……っ」
内陸部なので魚があまりでまわらないのが唯一の弱みだが、補って余りある幸がここ、ウッペには溢れている。だからなのか、人々の顔には笑みが絶えない。
今日も平穏でなにより、と挨拶を交わす商人たちがいき交う城下町からずぅーっと長いのぼり坂をあがっていった先にウッペ城が構えられている。
現刻は早朝。商人たちは早起きだ。城の者らも早く起きて行動しているのだが、今、城の中庭にいるふたりほど早く起きて動いている者はいない。
「最初に比べるとかなり良、だな」
「ほ、ホント、か……?」
「まだまだだがな。道のりの遠さに私の方こそいやになってきそうだ。早く育て」
「ぐふぅ……」
城の中庭で酷評がなされている。酷評を受けているのは青年。淡い亜麻色の髪に空色の瞳が美しい青年だが、美貌には汗の粒がたっぷり浮いては流れていく。
青年の対面にいるのはこれまた絶世の美女と表現されるべき、と日々誰かに言われ続けてはお前ら目が腐っている、と言い返している黒髪に隻眼ながら銀瞳の女。
ここウッペの王子ココリエと側近を任せられている傭兵のサイが中庭で会話していた。
ふたりは鍛練の途中経過通知、というかなんだろう? ここまでの成績発表をしたりされたりしていた。
初春の候からずっと見てもらっている体術の初歩から応用に歩法など、サイが闇社会で生きるのに身につけた体ひとつで戦う為の術。集大成を身につけるのを最終目標にして初夏の候たるこの皐月まで城の者には内緒で教えてもらっていたのだが……。
「なぜびびるか」
「びび?」
「怖気づくなボケ」
「サイ、頼むから言葉を選んでくれ」
「……。こんなん怖がるとか己は幼児か」
「余計にひどくなった気がするのは余だけか? これは余の被害妄想かなにかなのか?」
中庭にひどい言葉が続々飛びだしていく。浴びせかけられているココリエは被害妄想か一瞬だけ疑ったが、相手の女が容赦なさすぎでひどすぎるだけだ、と結論した。
結論ついでに中庭を囲む回廊へ放置していた手拭いで顔の汗を拭く。ココリエが場所を離れて休憩に入ったのでサイも一息入れるのに、水筒を手にした。
きゅぽん、と軽い音がして水筒の栓が抜けてちゃぽんと水音。ココリエがそれとなく隣を見るとサイが水筒を傾けてゆっくり水を飲んでいた。ココリエの鍛練を見るついでに彼女は彼女で基礎鍛練と並行で《
アレこそ疲れる。特に慣れないうちは。
「なにか」
そう思いだしているとサイがココリエに視線と言葉を投げてきた。じろじろ見られて気分を害した、というよりはなぜ見られているのか疑問視しているふうな口調。
怒っていないようなのでココリエは少しはにかみ笑った。サイは首を傾げたが、ココリエはそんな彼女を少し放置して自分の水筒を取り、水を喉にゆっくりと流し込む。
これもサイに教わった、というか叱られたこと。水分補給を一気にしようとするなど愚の骨頂だアホ垂れ! と叱られて正座させられ、脳天に「ちょっぷ」を喰らった。
一気飲みほど愚かしいことはない、と怒られまくって体にも悪いと叱られて、お前はどこまでポンコツなのか、と罵られた。……。おかしい。主従関係の実際が怪しい。
どちらが上で下なのかサイはどうやら欠片も気にしていないらしい。こんなことがセツキに知られたら怒られるのはサイの方だ。セツキの説教が死ぬほど嫌いなクセに自ら当たりにいっている気がする不思議はなんなのだ? アレか、サイも、バカ?
「痛いっ」
「キモい」
「な、なにがだっ」
「ニマニマして気持ち悪かった。あと、なにか私へ対する不名誉を考えただろう?」
はにかんだつもりだったのに、ニマニマと取られてしまったのもアレだが、不名誉を考えたことを言い当てられてココリエはギクリとするが、サイは追加攻撃なしでおさめてくれることにしたのか、ふん、とそっぽを向いて水を飲むのに集中。
しかし、不意にその目が回廊の一点を見つめた。ココリエがつられて見るとすさまじいというか素晴らしい美貌の男が歩いてくるところだった。
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