軽く食べてひとつため息


 ココリエとセツキがネビテアに寄り道している頃、サイは夕餉の前に朝食べていない分軽く食べなさい、というジグスエントからの伝言と握り飯を持ってきたハクハを冷ややかに見つつ、目の前で鬼味された握り飯を一口ずつもらって、もごもご咀嚼していた。


 絶対に万が一にも逃がさない、とばかり片手すらも解放してもらえないことにサイはご機嫌斜めだ。そんなサイにハクハは苦笑いだが、男が口を開こうとする度にサイは次の欠片をもらうのに口を開けた。その態度、「言い訳無用。死ね」の念が見えるようだ。


 無言で食事させられながら相手を呪うサイにハクハは苦笑いを深めた。だが、それ以上言い訳を口にしようとする無駄をやめた。言おうとしても、サイに肌を滅多刺しにされるほど睨まれるだけだし。若い娘の睨みくらい、と侮らないハクハは黙って食べさせる。


 そして、最後の一塊、本当に一口分ほど残してサイはもう要らない、とばかりそっぽを向いた。だが、これは主のジグスエントから説明があったのでハクハはなにも言わず、サイの口まわりを一応お手拭きでふきふきして綺麗にし、立ちあがった。


「じゃ、夕餉までもう少し待ってね」


「……」


「もー、無愛想しちゃダメだよぉ? お返事してくれないかな~、サイちゃん?」


「……地獄の釜で鍋料理になって魑魅魍魎に喰い荒らされて死ね、腐乱死体以下」


「あー、うん。相変わらず俺はソレなのね」


 ハクハを、甲斐甲斐しくサイに握り飯を食べさせてくれた男にとってもひどい暴言と認識を浴びせたサイはハクハのぼやきも無視する。嫌悪徹底配置、といったところか、とハクハは悲しい、と思いこそしてもサイに嫌われても不利益などないのでどうでもいい。


 まあ、ちょっと贅沢を言うとせめて「腐乱死体以下」という認識は改めてほしいとは思うが。せっかく絶世の美女を前にしているのに毎度腐乱死体以下のブツを見る目で貶されるなどと、いかに鍛えていても精神がくたばる。


 一般人、世間一般に普通とされるひとだったらとっくにサイの暴言の前に廃人と化していることだろう。そう考えると、そのサイをうまいこと傭兵として取り立てて使っていたウッペの王はやはり戦国に名を轟かせる名王、ということなのだな、うん。


 サイの前では言わない。特に使っている云々の辺りは。そんなことうっかりでも零そうものならさらにひどい目を向けられること必至。腐乱死体以下っていったいなんだろう、アレか、糞にたかる蛆とかそこら辺か? と思いつつ、サイに睨まれるので退散する。


 また、牢獄である意味ひとりになったサイは窓の外に視線をやる。今頃ウッペの他面子はどうしているだろう、とか、他の者は無事に、怪我は多少仕方ないとしても無事帰れたか、とか考えながらふう、とため息をついた。あまりつくべきものではないが、つい。


 ここにいる限り、ジグスエントにいいよう弄ばれる。無理矢理口づけられるだけでも不快なのに、サイが絶対に逃げられないように蛇の毒まで使うとか……。


 これに、いやだな、助けが来ないかな、と思わない人間がいたら見てみたいものだ。


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