思いもかけぬ来訪者


 そう思ったサイの頬を風が撫でる。


 優しい風、春の風はどことなく冷たくてそれでも芯に暖かみがある。……なのだが、つい先ほどサイの頬を撫でた風はどことなく刃物の鋭さを持っていたような気がした。ただ、サイに妄想癖はないのでんなもん、気のせいだと処理するが……。


 ――ひゅお。ひゅるるるぅ……。


 処理を済ませようとしたサイの頬にさらに風が当たる。いくら窓に近いといっても今まではここまで風通しがよくなかった筈。それがどうして……?


 ――ぷにゅ、ぷにぷにぷに……。


「?」


 気のせい、気のせいではないか、気のせいでなければ誰かがサイの頬をつついている。


 まさか、ハクハがまだこりずにちょっかいをかけに来たのだろうか? と思ったが、なんとなく違和感を覚えた。ハクハは隠密者としてかなりの腕だと思うが、それでもどことなく素人臭い、というか、どっちつかずというか、なんか、微妙なのだ。


 だからか、気配や足音、発するものが中途半端で気になる。なのに、だ。今サイの頬をつついている誰かはもう、完璧、と言わざるをえない。完全な無機。無存在。目で見て、耳で聞いて、触れてはじめてその存在を存在させる。存在がないのに在る。


 そんな者、サイはこれまでに、少なくとも元いたあの世界ではお目にかかったことがない。究極の完成された隠密の者。ただ、ここで、この戦国島でならば、ひとり。たったひとりだけそんな者に覚えがある。だが、それはありえない。


 ココリエの話からしてもは流れの者。それがなんの理由もなくこんなところでサイの頬をつつく、つつきに来るとか、どんな鈍器で殴られたあとのボケた頭でも「絶対ありえない」と、わかる。断言できる、というものだ。


 ――むにゅ、むにむにむに……。


「……」


 断言できる。そう思ったのはいいが、つつかれる度に、というか、指が頬に当たる度に温度が明確に存在を主張してくる。「ここにいる」、と。


 なので、サイも意をけっするしかない。


 自分の頬を無断でつつきまくる誰かさんに向けて口を開き、その名を呼んだ。


「なにか、カザオニ」


「……」


 呼びつつ、サイはつつかれている方を向いた。そして、その姿を認めて夢でないのは知れたことなので、もうあとは疑問符というかイミフフェスティバル開催。


 そこに、サイの左隣に黒が在った。


 真っ黒い装束。これぞ忍、とばかりに素肌をとことんまで覆い隠した衣服。おそらくはこの戦国島特有の武力、《戦武装デュカルナ》でできているのだろう、これまた黒い各所を適度に覆う防具。そして、なによりも特徴的なのは、鬼の一本角を模した鉄兜。


 知っている、というか見覚えがありまくる姿の男がそこにいて、サイの頬をつついていたのだが、サイが呼びかけると同時にやめて、嬉しそうに口角をあげた。


 あの時、初春の候、戦国島の樹海に迷い込み、ウッペに拾われてはじめて戦った敵であるカザオニ。ココリエの話では流れの傭兵でありながらあまりの強さに戦国の柱として認められた一騎当千の実力者。戦場いくさばでの戦いぶりは悪鬼が如しと悪名高い。


 おかしい。あの時はもっと無表情であった気がする。そして、もっと無感情的、というか、己の感情をセーブし、まるでなにも感じていないかのような雰囲気があった。


 なのに、今のカザオニはサイの目が錯覚しているのでなければ、あの戦国の鬼が柔らかく笑っている。サイを見て、いるかは鉄兜を目深にかぶっているので今ひとつわからないが、それでも嬉しそうに笑っている。アレから少ないがいくつかの月がすぎた。


 だが、それにしても、まるで別人だ。たしかにあの時、メトレット王、テなんとかのところに寄り道したふうな時にサイに向けてなにかを吹っ切ったように笑っていったが。それでも、それがどうして今のこの状態でこの状況に繫がるのか、わけわからん。


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