方針決定


 なんと、ジグスエントは数十年に一度の逸材という頭脳を持ち、天才少年としてオルボウルでは有名だった。王子の身でありながら医師の免状をいただき、先代の頃から、患者を診てきた。医師としての博識さと狡猾さがネビテアを敗北に追いやったのだ。


 さらにさらに、なんとも屈辱的なことに、敗北し、国民に責められてそれだけで腹いっぱいだった王に負傷した者たちにどうぞお使いください、と傷薬を送って寄越した。


 これ以上ない屈辱であり、侮辱ととってもいいほどの意地悪さ。それ以降、北国でネビテア王は笑い者にされた。アレから十数年経つというのに、いまだに戦、という単語がでるとネビテア王が引きあいにだされて笑い種にされる。だから……。


「私はオルボウル王が、ジグスエントが大っ嫌いです。いかにここが中堅国といえあそこまで虚仮にされるなどと……あの蛇は心が腐っています。腐敗し、香ばしいほど」


「あ、あー……蛇、ですか?」


「……ご存じないのですか? あの男は蛇、という生き物が好きらしく噂ではひとを餌にする大蛇を飼っていて、ジグスエントは自らに逆らった国の捕虜たちをその蛇の生餌にしているそうです。生きたまま喰われる。考えただけで吐きそうです」


「……。同じひとを、飼い蛇の餌にしている、のですか? いくらなんでもそれは」


「食べ残しを、肉片、巨大な牙痕がついた腕を送りつけられても、ですか?」


「いっ!?」


「それも特注したような細長い紙の箱におさめ、綺麗な包装紙で飾って、ですよ? これで頭の異常を疑うな、という方に無理がありませぬか? その話をお隣からきた商人に聞いた時は、本当に背筋が凍りました」


 そりゃそうだ。ココリエも納得の恐ろしさ。ちょっとというかかなり大きく議題がずれてしまったが、父がジグスエントを不用意に刺激したくないという理由も納得だ。


 ある日突然、誰のものとも知れぬ、もしくは知った人間の腕が包装されて贈られてくるとか、サイが言う「ほらー」である。なんか本人は猟奇的という意味で使うと言っていたが、とりあえず恐怖心を煽ったり背筋が凍るような事象にも使うといい、とか言っていた。


 言っていた、と思った時点でココリエはもっともっといろいろと彼女に海外の言葉を教わりたかったと胸が痛んだ。喪失の痛みに似ていた。なんというか、行方不明の日数が重なりすぎると死亡説がでてきてしまうのである。


 情報を求めて訪ねた先ではとんでもない「ほらー」話を聞くはめになるし。もしも、サイが……と、そこまで考えてふと、ココリエは思いついた。どうしてこれを考えなかったのだろう、と思うほど唐突に。


「セツキ、ケンゴクが襲ってきた忍の数はかなりのものだったと言っていたな?」


「? ええ、十や二十ではない、それこそそれだけで一軍にすら匹敵する数だったと」


 突然問われたセツキはよくわからないようだったが、ココリエが答える前にネビテア王がひどく苦い蟲を噛み潰した顔をした。そして、忌々しげに口をはさんだ。


「お話に割り込んで申し訳ない。だが、この北方に忍を飼っている国がままある、といってもオルボウルほど大勢の者を雇っている国はありませぬ。断言しましょう」


 ネビテア王の言葉でセツキもココリエの言わんとしていることを理解したようだ。鷹もとても、非常に苦い顔をしている。気づいてしまったに頭痛を覚えたような。


「見合いの話。元々はオルボウルが、ジグスエント殿が仲介したのだったな。ただ仲介しただけで勝手に無関係だと思い込んでいたが、フロボロが相手探しに困って相談したのではなく、最初からジグスエント殿が話を持って、いや、押しつけたのでは?」


「お気持ちはわかりますが、言い方にいささか棘がございます、ココリエ様。まだそうと決まったわけではないのでまだお控えください」


 さり気なく諫めたセツキだが思考はココリエと同じところに着地したようだ。鷹はあまり気は進まない、というか、すでに反発を予想しているようだったが、言った。


「ココリエ様、一度、ウッペに帰還し、ルィルシエ様、ケンゴク、近衛たちにもう少し詳しく相手の人相、隠していても隠し切れていないなにかを訊きだしましょう」


「え、な、セツキ、だがっ」


「外堀をしっかりと固めてからでなければ切れ者と知れているジグスエント様と戦う、舌戦となるでしょうが、それでもなにかしら決定的なナニカがなければしらを切られて終わりです。あとは聖上の胃に穴が開くのを待つばかり。サイも永遠に帰りません」


「……。わかった。突然押しかけた上に慌ただしく申し訳ありませんが」


「構いませぬ。部下を思えばこそ、それにできればこれでアレが一杯喰わされたらそれだけで私は嬉しく思います」


 ……。よほどの辛酸を舐めさせられたと思われる呟きを聞き、ふたりは部屋を辞した。


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