暴言パレード


 元より、警戒心の塊のようなサイなので鬼味どうのこうのはどうでもいい。というのはおそらく本心だろうが、ウッペではなんの躊躇いもなく、それこそあの王族兄妹が無邪気に誘ってきたので普通に警戒心なく食べた。むしろ、警戒がバカらしく思えたのだ。


 それくらい、無邪気で含むところがない。特にルィルシエは本当に無垢で女の子らしい女の子である。サイが少しの間、憧れた……どこかは忘れたが、街の喧騒の先。見た一家の真ん中で両親に手を引かれている女の子を思いださせる。


 とても平和で、不穏の影など一切ない。幸福で満たされていて……それが故にとても退屈でつまらない光景。でも、普通でないサイが憧れてしまった、思い描いたままの「普通」に存在するひとつの幸福があった。見渡せば、どこにでも転がっている。


 なのに、サイにそれは、ない。永遠に、ありえないし、ありえてはならない。


 レンを死なせてしまったサイは自分が幸福に退屈でつまらなくなるなど許せない。


 不幸を気取りたいわけではないが、いつだかの本に読んで、ああ、まったくだ。と共感してしまった文がひとつ。


 「幸福な家庭はみな似ているが、不幸な家庭は不幸の様をすべてことにしている」、とそんなことを書いていた。たしか、レフ・トルストイのアンナ・カレーニア。うまい例えであり、事実としてそう在る、と思ったものだ。


 幸福な家庭はみな似たり寄ったりで存在し、不幸な家庭はすべて異なる諸事情を抱えている。それは真理ですらある、と思われた。ただ、家庭とは大きな例えだな、とは思ったが。ひとそれぞれの不幸。幸福な人間がいるのに不幸な人間も溢れている。


 幸福不幸の等量論。不幸の数だけ幸福があり、幸福の数だけ不幸が生まれる。


 世界をそんなふうに見るのは悲しいことだとは思ったが、それでも、レンの、妹の不幸を思うと悲しくてならず、いつも心の中で強く願っていた。


 このコが本当に幸福になれるように、と。幸福なフリをしただけの不幸につかっている憐れな妹に救いがあればと願っていた。なのに、サイが、壊してしまった。


 自分が不幸ならレンが幸福になれる。そんなアホ臭い妄想をしていた。同じ日に生まれた双子なのに、どうして揃って不幸なのかわからない。わからなかった。幼心に神を呪ったのを覚えている。どうして、レンが、どうしてレンにまで、と……。


「どうしても残すの?」


「くどい」


「えー、もったいねえ~」


「なれば己が食え。残飯処理は犬の仕事だ」


「ちょっと、誰が犬さ?」


「あの男に飼われているのだ。犬でじ……いや、犬に失敬か。糞のにおい好きな駄犬、くらいにしておいてやる。とっとと、というかいい加減消えろ。目障りで耳障りだ」


 もはや暴言のパレードである。サイがここまで毒を吐くのもこの島国、戦国島に渡ってからははじめてかもしれない。ま、それだけイライラとむかつきがごった煮でグツグツしているってことなのだけど。


 仕方ないことなのかもしれない。彼女は本当に殺しや驚異的な戦闘能力を除けば純真無垢な乙女なのだから。キス、口づけされるなどと、それも誘拐の首謀者に無理矢理……これで怒らない女は羞恥心がないか足りない、とサイは結論づけている。


「しょうがないね、ま、当分は体力もあるだろうし大丈夫でしょ」


「一月の断食記録があるので飯など不要」


「えぇーっ!? どういう生活してきたの、サイちゃん、君、え、一月ってマジ?」


「消えろうるさい死ねバカ腐乱死体以下」


「あれ、駄犬からさらに格下げされたぞ?」


 ハクハの呟き。サイに腐乱死体扱いされた男はだが、抗議が無駄なのをよぉくよく察して特にコメントすることはなかった。格下げされた、とは言ったが、それ以上にはなにも言わないでコトハを連れ、朝と夕の食事を持って牢獄をやっとでていった。


 ハクハたちがでていって、外の衛士たちと二言三言何事か交わすのを聞き、それが終わってふたりが無音で歩いて去っていくのを感じながらサイはまた外を見た。


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