水音の先


「……~~っ!?」


 顔をだして二秒。ちょい硬直後ココリエは口を手で押さえ、でかけた声を即封印。


「――……、――……」


 そこにあったもの。湖と池の中間大の水溜りだったのだが、問題は中にいた。


 水の中には月がうつっていた。大きな黄金の満月。水面の月は起こる波紋に揺られて形を変える。月がうつっているのはいい。とても幻想的だ。が、問題は月を変形にいたらしめているもの。白い肌。水に濡れている黒い絹糸が貼りついていて非常に色っぽい肌は本当に真っ白だ。


 長らく陽の光に当たっていない者の肌色。ココリエのところからは後ろ姿しか見えないが右肩にひどい爆ぜ傷の痕がある。その形状、大きさ共に見た通りだ。


 サイの後ろ姿。装飾すると裸の、髪以外に一糸纏わぬ姿で彼女は水浴びをしていた。


 サイの唇は音を紡いでいる。独り言、ではなく唄を口ずさんでいる。静かな音はココリエに聞き覚えのない言語。とても、とても、すごく綺麗だった。意味知れぬ音がこんなにも綺麗だと、聞いていて苦しくないというのははじめてで思わずぼへーっと見聞きに集中してしまう。


 ――サク。


 だからだろう、隠れなければという意識が希薄になった。ぼーっとするあまり足がふらっとして草を踏んだ。軽い音。それにサイは首だけ振り返り、ココリエを見た。


 痛い、沈黙。ココリエは動けない。サイも動かない。ふたりはわずかな距離をあけて固まっている。いや、サイの方は特に驚きも見えない。まるで、最初から、木の間から先を覗いた時からずっとココリエに気づいていたかのように動揺も驚きもなく、静かな瞳で青年を射抜く。


「……す、すすす、す、すっ」


「?」


「すまんっ!」


 静かな瞳に射抜かれてココリエは乾いてヒリヒリする口を動かして必死で一言叫び、木の後ろに引っ込んだ。ばっくばくと心臓が爆発しそうな音を立てている。


 見てしまったものが脳裏に焼きついて離れないココリエは真っ赤な顔で口を押さえて余計なことを言わないように努める。余計なことを言って怒られの果て嫌われる、現在いまよりさらに嫌われるなんて事態は避けたい。現状だけでかなり心臓が痛いのに、これ以上など……。


 それこそ、これ以上に嫌われて縁を切られでもしたら心臓痛で死んでしまう。そんなことを思っていると衣擦れの音が聞こえてきた。もしかして服を着ているのかな、見て確認……いやいやいや、アホか変態! と、ココリエが心の中で謎の寸劇をしていたら静かな声が聞こえた。


「イミフ」


 とても静かで淡々とした声。いつもサイが口にする謎の短縮言葉を紡いだ声にはなんの感情もない。なにひとつないままに意味がわからない、と言っている。


 ココリエはこちらの台詞、とまでは思わなくともどうして彼女がこんなに落ち着いているのか訝った。昼間にあんなことをしたのに、それによって傷ついてセツキに縋っていたのに。ココリエに怯えていたのに。


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