ぷち捜索
「え、とあとは裏の林ぐらいか」
夕餉の為に昨日はココリエの泊まる部屋へひとが集まったが、今日そこで待っていたのはケンゴクだけだった。
どうやらルィルシエは反抗心剝きだしで一緒に食べるのを拒否った、みたいなことをケンゴクが伝言してくれたので部屋に男だけの華がない食事風景となった。
食事を終え、セツキはだされた茶を持って自分とケンゴクが泊まる部屋に戻っていったし、ケンゴクも今はココリエに触れない方がいい、と思っているのか早々に部屋を辞していったのでココリエは部屋にひとりとなった。
好都合、とココリエは旅籠屋中を見てまわってみることにした。もちろん、妹のところにもサイがいないかどうか探しにいったが、部屋の蠟燭は火を灯していない。
狸寝入り、の可能性もなくはないが無理に声をかけても怒られるだけだからなー、と思ってココリエは他を見てまわってみることにした。宿の厠に自慢の温泉。庭をもう一度まわって最後に昨日セツキがサイを発見した、と言っていた旅籠屋裏の雑木林に向かってみることにした。
宿屋の奥、温泉がある廊下の突き当たりに裏口を発見して簡易の閂を外し、押してみると軽いキイキイ音が鳴って戸が開いた。ココリエが戸の向こうへ抜け、見渡す。
宿屋の裏手、もっと客が来ない場所特有、と言うとおかしいひとだが、宿屋あるあるみたいに雑然としている印象があった。なのに、実際は薪割りの切り株とバケツが三個と雑巾が数枚簡単な縄を渡しただけの物干しにかかっているだけだった。
さすがに地面は土の地面で、苔がところどころ生えていたりしているが、それ以外はいい場所に見えた。夜に独特の月明かりだけというのもまた雰囲気をつくっている。
いかにもサイが好きそうな適度に暗くて静かな場所。ここにいなかったらどうしよう、でてくるまで粘って夜更かししようかな、そんなことを考えながら足を進め、月明かりを頼りに雑木林の中に踏み込んでみるのに玄関から持ってきた靴を履く。
さすがに裸足で林を散策する勇気はない。それで怪我でもしたらセツキに叱られる。
「サイ?」
しーん。試しに雑木林に呼びかけてみたが返ってきたのは静かな夜の音だけ。だけだったのでココリエは林の中に入ってみることにした。案外中でなにかしていて気づかないだけかもしれない。とか意味わかんねーくらい、できるだけよい方向に考えて。
「お邪魔します」
誰に言ってんだよ、とセルフで突っ込みながらココリエはそれでもなんとなく邪魔するような気がして唱えた。ココリエのお邪魔します、に木々がざあざあ鳴った。
まるで、どうぞ、と言われた気がしてココリエは先へ進む。蠟燭など明かりを灯せるものもなにも持っていない。
身ひとつ。サイに誠心誠意謝ろうと思ったので邪魔になるものは持ってこなかった。
「んー、うん。まあ、いっか」
林の中は月明かりが入って結構明るい。
ココリエは少しだけ首を捻っても先へ進むことを選んだ。サクサクと草を踏んで林の中を進む。月明かりを受けた木々草花はなんだか昼に見るより生き生きしている。
夜の明かりが柔らかいから植物の命をより浮きあがらせているのかもしれない。ふと、柄にもなくそんな幻想的で空想的、お前の頭は神秘か? みたいなことを考えた。
「……ん?」
しばらく、それでもほんの数分ばかり進んでココリエは足を止めた。なにか聞こえた気がして。なにか、水の音。林の中に池かなにかあるのかな? そういう軽い気持ちで音が聞こえた方に歩いた。どうせ目的地はあってなきが如しだ、と気楽に構える。
そうでなければ、いざ、サイと顔をあわせても恥ずかしいし、申し訳ない気持ちで潰れてしまう。本当に、本当に彼女には申し訳ないことをした。あんな乱暴を働いてしまってはもう口を利いてくれなくても仕方がない。ああ、それなのに……。
「……浅ましいな、余は」
林の漢字にある通り木々に視界を埋められてココリエは呟く。情けない、浅はかだ、この期に及んで、もしくは身のほど知らずに望んでしまう。彼女と再び笑う日常を。
彼女の表情さんは笑わなくとも瞳に笑みは揺れる。ひどく激しい激情を湛えることすらあるあの瞳は彼女の内を余さず隠さずあらわにする。色に例えて水面。
怒りも、哀しみも、喜びも、楽しさも……全部あそこに隠してあるし、さらけだされている。剝きだしの刃。諸刃の剣。水晶で月で宝石で触れえぬ水面。すべて、サイ。
彼女を傷つけておいていまさらなにを望もうというのか、今、いや、あの時どうしてこの感情を覚えてしまった、とココリエは悔しく思ったと同時に思い知った。
「はは、本で読むようにはいかぬよな」
書冊で読むようにはいかない。現実とはそういうものだ、というのは知っていた。戦のことを書いた本にあることと実際の戦は違う。人間が描くただひとつの物語。命の華を胸に戦い、散って咲いて散りゆくを眺めまた咲かせて。だから似ても非なる。
一戦一戦が未経験。だから、戦で常勝するのは難しい。が、サイは常勝の戦士だったから今もここに命がある。どうして過酷な道を進み続けるのか、進ませ続けるのか。サイが辛い目に遭うのが辛いクセになぜ彼女に過酷を強いるのかわからないココリエは自嘲し、ひとり笑った。
遥か彼方にある月に向かって本で読むようにはいかない、と謎の独白をしたココリエは月明かりに導きをもらって林を進んでいく。すると、先よりもっと大きな水の音が聞こえてきた。ココリエは歩調を落としてそっと近くの木に手を触れて木と木の間から顔をそろっとだした。
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