王子の謝罪


「いまさら私の裸になにを動じるか」


「い、いいいいや、普通の反応だ」


「……をしておいて、か」


 サイの言葉がココリエの心を刺す。


 別段責めているわけではないのにどういうわけか心に刺さる言葉。いっそのこと怒りのままに殴ってくれた方がいい、もっと怒鳴って、叱ってくれた方がいいのに。


 サイなのでわざと物静かにしているとは考え辛い。彼女はもっとこう、本能的で直感を第一とするような言動が目立つ。あとと先を考えていないわけではない。


 ただなんというか、よく言えば素直。悪く言えば……無謀な愚直さ? こどものような……本当に特になにも思わずにちくっとぐさっと刺すような言葉を吐く。


「なにか、用か」


「う、あ、え、い」


「? あいうえお、ではないか」


「いえ、あの、そうじゃなくて」


 なぜそこに喰いつく? みたいな箇所にがぶっと来るので調子が狂う。狂いまくってもうなにを言ったらいいのかわからなくなる。わざとです、と言われたら性格が悪いと思うところだが、サイは素でやっている。そこには悪意もなく、邪悪さもなく、こどもの素直さが息をする。


 だから、余計に罪の意識が募る。


 こんな綺麗な者にをした。ひどく重たく苦しい罪。だが、苦しくて辛いのは加害者ではない。被害者はもっとずっと誰よりも辛くて苦しいのだから。


「何用で来たのか。アホ王女が騒いだか?」


「……ルィルには、叱られた」


「……そう」


「サイ、服、着たか?」


「とうに着ているが、それがなにか」


「その、話をさせてもらえないか? 弁解する気はない。ただその、少し話せたら」


 少し、話をさせてほしい。昼間の暴挙について弁解したいのではなく、ほんの少し話がしたい。サイと話したい。ココリエは脳裏に焼きついて離れない先の衝撃映像、サイの裸体と彼女の水浴び映像を必死で脳味噌の隅に煩悩共々ぎゅっぎゅと押し込んでなんとか要望を口にした。


「話だけ、か」


「え?」


「……もう、変なこと」


「! し、しないっあの、その……」


 声が嗄れてしまいそうだった。サイの声があまりにも不安そうだったから。


 本当に怖い思いをさせてしまった。今もなお、木立をはさんでそばにいることが彼女を不安にさせている。ウッペに帰るまでになんとかしたい、なんとか以前までのふたりになれれば、とココリエはそんなことを思ったが、サイが拒絶するだろう。


 許されないことをした。本当に。あんなに怖がって怯えて震えて悲鳴を零すなんていつものサイからしたら天変地異並みにおかしなことだ。……本人には言えないが。


「……わかった。でてくるがいい」


 またしばらくの沈黙があってサイが返答を寄越してきた。それは承諾。話を聞いてくれるし、話してくれる。サイの承諾にココリエはほぉー、と息をつく。なんだか話をする前段階で気力と勇気を使い切ったような気がするココリエだったが、いずれも気。そのうち戻ってくる、筈。


 大丈夫だ、大丈夫、と念じてからココリエはそっと木立の陰から外にでる。


 そろーっと視線を動かすとサイの後ろ姿が見えた。黒い肌着を着て髪の毛を拭いている娘は足を水につけたまま。つまり、下は下着をつけていても裸の足、ということ。


 あの時、はだけていただろう足を見る余裕はなかった。サイに触れている、と思うあまりサイを充分に見ることはしていなかった。上は見たかもしれない。だが、下半身まで意識がまわらなかったというか、余裕がなかったと……ああぁあ、煩悩のバカ。


「サイ、まず、言わせてくれ」


「なにか。改まって」


「改まって当然だ」


 脳内で煩悩様とガチバトルをしてなんとか僅差で勝利したココリエはどうにか震えそうになる声を絞りだす。少しでも気を抜いたら声は震え、ひっくり返り、魂の叫びとか諸々が漏れてしまいそう。ココリエの声調子にサイは違和感を覚えたのか振り返って青年を静かに見据えた。


 美しい銀色の瞳。刃のようで薄氷のよう。サイの根本を示すようにある強くて脆くて悲しく美しい瞳はココリエを静かにうつして揺れている。だが、ココリエはいつもならすることをしないでサイから距離を取ったまま地面に正座。手をついて頭をさげ、額を地面に叩きつけた。


「……は?」


「……すみませんでしたっ!」


「い、や、おい」


「本当にすまなかった! 許してくれなくていいし許されようなどと思っていない。余がしたのはそういうことだ。あんなことをして、怖がらせてすまな、か、た」


 努めていたのに、とうとう言葉の最後が震えてしまった。サイに嫌われるかもしれないと思った時、とても怖かったし、辛かった。だから、許されないとしてもなんとか謝りたいこれは自己満足の謝罪。でも、もしも許してくれる可能性が一でも二でも少しでもあるのならば……。


 はらはらと零れていくもの。熱い目頭。地に滴る水滴。ココリエは己の弱さに反吐がでそうだった。辛いのはサイなのにどうして自分が泣いてしまうのか、わからない。


 どうして、どうして、どうして?


 なんてみっともない、なんて情けない。


 そう思っても、思うのに御せない心。サイに嫌われたくない。そう思うこと自体はきっと罪ではない。だが、あんな乱暴を働いたあとでなおも嫌われたくないなどと蟲のいい話。自己愛にもほどがある。ココリエは目を瞑ってクズ臭い思考に耐えた。


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