鷹のおまけつき説教


「お、姫さん、おかえりですぜ」


「お兄様ーっ、サイーっ」


「ひ、姫さん、セツキの大将が抜け」


「ケンゴク、すぐだせますか?」


 ルィルシエがセツキをのけて帰ってきた者を呼んだことにケンゴクは恐ろしや~、と突っ込んだが、セツキは無視してケンゴクにすぐ、車をだせるか訊ねた。


 ケンゴクは怪訝な顔。いつもだったらルィルシエの態度にため息のひとつ吐きそうなのに、放置して早く宿へ帰りますよ、と言わんばかりの言葉に首を傾げる。


「サイ、おかえりなさい」


「……ん」


「サイ?」


 セツキがケンゴクと話している間にルィルシエは隙を衝いてサイにじゃれる。


 おかえりなさいと言うくらいは近づくな、の中に含まれないだろう、と思ったのだ。


 しかし、すぐ、異変に気づく。サイの返事。力ない掠れた声にルィルシエは驚くと同時にきょとんとする。どうしたのだろう。なにかあったのだろうか。そんな疑問が王女の可愛らしい顔に浮かんでいる。だが、サイはルィルシエが心配そうに訝しんでも応えない。応えられない。


 ため息の音。静かに吐かれているが、そこにはとても深い侮蔑の色があった。


「……失礼します、ココリエ様」


「ガっ!?」


 突然だった。ものすごく強烈な殴打の音がしてなにか重たいものが地面をする音が聞こえてきた。驚いたルィルシエが見る。ココリエが地面に倒れ、セツキが拳を振った直後のような格好をしている。異質な光景にルィルシエ、ケンゴクもぽかんとする。


「……。失望するにはいたりませんが、がっかりと言わざるをえません、ウッペ王子」


「わかっている。恥をかかせた」


「まったくです。なんと恥ずかしい。いつの間にそのような破廉恥となられた?」


「……すまぬ」


「それは私に言うことではありますまい」


 とても静かな声。なのに、ひどく恐ろしい怒りを孕んだ声でセツキはいつになく厳しくココリエを叱りつける。なにがなんだかわからないルィルシエとケンゴクはセツキの拳骨つきお説教に唖然とするしかない。サイはまだ俯いたまま、黙ったままだ。


 謝る先が違う、と厳しく叱責するセツキにココリエは視線を動かしながらセツキの鉄拳で切れた口の血を拭う。だが、青年が立った時、もう女はそこにいなかった。


 セツキが暴力を振るったことにびっくりしていたルィルシエがサイに振り向いた時にはもういなかった。いつからいなかったのかはわからない。それくらい前触れもなく消えた。消えたサイにルィルシエはことさら意味がわからないという顔をした。


「とりあえず宿に帰りましょう。いつまでもこちらにいるわけにはいきません」


「セツキ? サイはいったいどこに……。お兄様がなにをした、というのですか?」


「車中でお話しいたします。ケンゴクも一緒に聞きなさい。ですので、御者は」


「ああ、わかっている」


 セツキのかつてない厳しく冷たい声に誰も反論できない。ケンゴクもルィルシエも。もちろんココリエも。誰ひとり口を利けない。この冷たくて険悪な重苦しい空気を唯一壊せそうなサイは消えている。よって、誰にもセツキを止めることは叶わない。


 セツキは暴走しているわけではないが、冷淡独壇場をつくっているのに変わりなく。しかし、いつも以上に冷たさと怒りが強い気がする。そんなセツキに逆らうなどと怖いもの知らずの中でも飛び切り命をどーでもいい、と捉えているサイだけである。


 御者台にのぼったココリエは他三人が車に乗ったのを合図にイークスを走らせる。車中の声を聞かないように宿へ車を走らせるココリエはひとつ後悔の吐息を落とした。


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