猫と王子のこそこそ


「名演でございました。ココリエ殿」


「皮肉、と取るべきでしょうか」


「いえ、素直にお取りください」


 素直に取れ言われても困るが、とココリエは後ろを見た。サイの目元はまだ赤い。


 そして、ココリエが見ていることに気づいた瞬間、セツキの後ろに隠れてしまった。セツキはそれに対してなにも言わない。言わないが、セツキはちらっとココリエを睨んだ気がした。なんだろう、面倒臭いのを押しつけないでください、だろうか?


 ただ、面倒臭くてもセツキはセツキ自身の矜持から今のサイを無下にすることはない。男の義務として傷つけられた女を守るのは当然。傷つけた阿呆が例え主君の息子でも庇うべきは傷ついた女。それは当たり前の天秤。はかりにかけるまでもなく、だ。


「よろしいのですか、このままでは誤解を」


「誤解とか正解とかではなく純然たる事実ですから、私は彼女の拒絶を受け入れます」


「お顔はファバル王によく似ておいでですがお考えはセツキ殿に仕込まれましたか?」


「……かもしれません。セツキは私が生まれた時から私を世話してくれていますから」


 ネフ・リコの確認にココリエは受け入れるからいい、と返す。ネフ・リコはココリエの堅い思考にセツキの影を見つけ、訊ねてきた。ココリエはちょっと考えてそうかもしれないな、と思った。本当にセツキには小さな頃から世話になってきた。それこそ兄のよう様々と教わった。


 武芸のこと。礼節のこと。立ち振る舞いから箸の持ち方などはもちろんのこと。セツキはよくココリエのお守を任されていた。やんちゃ盛りも反抗期も一緒だった。


 だから、セツキに責められるのは父に次いで兄に責められているようで胃が痛い。


 多分、セツキのことだ。宿に帰ったら真っ先にファバルへ文をしたためるだろう。御目通りを無事に終えたことはそうだが、万事無事ではなかった旨を書き記す筈。


 そうなれば、帰ったら父親に説教される。そして、父親の前に妹にむくれられ、拒絶されるかもしれない。ルィルシエはサイのことが大好きだから。大好きなを傷つけたような男は実兄であれきっと許さない。


「ですが、あなたは聖上に転移法を使わせる為にフリでサイ殿を襲おうとしただけ」


「言い訳です。そんなものは逃げの言葉にしても卑劣で卑怯で姑息にすぎます」


「しかし、実際のあなたにサイ殿を傷つけようとする悪意はなかった筈では?」


「それでも、傷つけてしまったことに変わりはないのです。なので、お気遣いなく」


 ネフ・リコが言う実際とココリエが起こしてしまった実際は表裏で一致しているが、結果はどう捻じ曲げようともサイを害した、という一個限り。だから、これ以上ココリエの狙いや正解の心を言わなくていい、サイに聞こえるよう弁解の機をくれなくていい、と言って遠慮した。


 セツキ譲りで堅いココリエの頭にネフ・リコは苦笑いしていたが、ココリエの思いを汲んでそれ以上は言わなかった。後ろから足音が聞こえてくる。セツキのものと、サイのもの。聞こえてくる音がココリエを責めている気がした。サイが足音を立てるなんてよほど、辛いのか?


 いつも足音の「あ」の字もないくらいサイは音を立てない。理由に関して聞いたことがある。闇の世界では音を立てた者から死ぬ、と。それくらい張りつめている、と。


 なのに、今、サイは音を立ててふらふら歩いている。きっとまだセツキの着物を摘まんでいるのだろう。そうしないとまっすぐに歩けないから。それくらい、辛い。


「……」


 サイの辛さが音にでている。サイが辛い思いをしていることがココリエには辛い。だけど、謝罪などと生ぬるいことで許される筈がないし、そもそも謝罪の機すら与えてもらえないかもしれない。背後にいるセツキにそんな感じの気配が滲んでいる。


 たかが「ごめんなさい」では済まないことをしでかしたのだ、と。いつも説教に捕獲しているだけあり、セツキはココリエと同じか少し多くサイのことを知っている。


 だから、サイの様子から、サイの傷がいかほどのものか想像できている。もしくは、見立て以上に傷ついていることをも視野に入れているかもしれない。なら……。


「開けてください」


「ははっ、お疲れ様でございます」


 ココリエがもやもや考え事をしている間に足は勝手に進み、愚大門おろかもんまで戻ってきたようだ。ネフ・リコに言われて帝宮側の衛士が門を開けてくれる。


 はいはい、愚か者というかバカ者が通りますよ~、とココリエは変な自虐を心中で行ってネフ・リコに続いて門をくぐった。後ろで少し話す声。セツキがサイに放しなさいと説得した様子。サイはセツキから離れ、ココリエからだいぶ、かなり、すごく距離を取って門をくぐった。


 顔を伏せているサイはとても女らしい。いつもは男も武士も顔負けに堂々としている。


 ただ、しおらしくなっている理由が理由なので言葉がでない。なので、ココリエも俯くしかない。なにも言えないし、なにを言っても言い訳になりかねず、そうしたらサイは二重に傷つけられることになる。仕方ない、なんて言えるわけがないのである。


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