帝の妥協
「……ちっ」
しばらく考えていたリィクだが、やがてひとつの結論にいたったのか舌打ちした。帝の態度にネフ・リコは頭をさげて続けて彼に納得してもらえるようにつけ足した。
「ウッペの酒はうちに出入りのある酒杜氏も唸る、いえ悔しがるほどのできだったそうですが、聖上のお口にはあいましたでしょうか? もしよければ追加注文を御目通りの勅命にしてはいかがでしょう? そうすればしばらくは楽しみが増えましょう」
「……よかろう。ココリエよ」
「は」
「ウッペの酒杜氏に伝えろ。気に入った。これからも励み、よき酒をつくり続け、毎月、味わいを変えて一瓶ずつ帝都におさめるように。一年通して味の変化を知りたい」
リィクの言葉にココリエは深く頭をさげ、伝言を承ったと行動で伝える。これに帝は不機嫌そうに鼻を鳴らしたが以上をつついてくることはなかった。
サイのことを惜しく思っているのがビシビシ伝わってくる。ただまあ、どんなに惜しまれてもどうしようもない。サイはまだセツキにしがみついている。守ってくれる大人に頼っている。そのことにココリエは悲しくてならなかったが、己の行動を省みて当然だ、バカと律しておく。
だが、ちょっとだけ予想を外した。
サイは怒ると思っていた。恥ずかしさから怒りに任せてココリエを拳骨で殴り、挽き肉にするか重大な怪我をさせるか、とにかくなにかしら暴力に訴えると思っていた。
だからあんな……ただの少女のように怯え震えるなんて。いつも鬱陶しく説教する、サイを殺人花扱いする、ウッペで一番サイを危険視して厳しいセツキに縋るなんて。
「サイ、もう離れなさい」
「……ん」
「大丈夫ですね? 涙を拭きなさい。ルィルシエ様が心配なさいますから」
ココリエがリィクから視線を移してセツキとサイを見ていると小さな声で話すのが聞こえてきた。セツキがサイを引き剝がしにかかったらしい。女戦士はセツキの腕からおろされて床に足をおろし、袖で涙を拭ったが、セツキの着物をちょこっと摘まんでいる。瞳には怯えがある。
落ち着くことは落ち着いてもまだ恐怖が残っているのだ。サイが怖がっている、怖がってセツキを頼っていることにココリエは激しい怒りを覚えた。なんでセツキ。どうしてセツキ。いつもあんなに仲が悪いのに。そこまで考えてココリエは深呼吸。
なぜもどうしてもない。サイを傷つけたのはココリエだ。傷つけた者を頼ってくれる筈がないのはわかり切ったことであるのに、なにを考えているのか、お前はどうかしているぞ、とココリエは自分に突っ込んでおいた。
「ネコ、客人を送ってやれ」
「承知いたしました。では、イキバ、少し外しますのでその間、護衛を頼みますよ」
「うむ」
いつから、どこにいたのか。イキバの巨体が現れてココリエは驚いたが、ネフ・リコがリィクのそばから離れてそばにやってきたので立ちあがった。
「こちらへどうぞ」
謁見の間から外へ案内してくれるネフ・リコにココリエが続き、サイをひっつけたセツキが続いた。背後で大きな扉が閉まり、また、あの暗い通路に抜けた四人はしばらく黙々と進む。しかし、しばらくが終わったと同時にネフ・リコが口を利いた。
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