鷹の主張と猫の説得
「なに、一度快楽を味わえば自ら腰を振ってねだるようになる。半端にほぐして熱を冷ましてやらぬなどとそっちの方が酷。可哀想ではないか? のう?」
「ご冗談を」
帝の卑猥な話をセツキは一笑に付し、言葉でぶった切った。冗談で片づけ、顔だけ笑っているセツキ。怖い。怒鳴られるよりも数百、数千倍、怖い。ちびりそうだ。
「……。セツキ、先に喰いたいのか?」
「帝様、あなた様が目をつけた娘にケチをつける気はありませんが、これに欲情するなど私には到底無理です」
「ほほう? 色香に溢れ、宝石ですらかすませるそんないい女にまったく反応しないのか? 枯れた、いや、悟りの扉でも開いたのか、セツキ? もしくは」
「違います」
なんとも恐ろしいことにセツキは帝の言葉を途中で一刀両断した。スパっと言い切ったセツキはこめかみをひくひくさせている。問答の相手がココリエだったらとっくに雷が落ち、正座説教獄門に処される。間違いなく。
「私は正常です。その正常さでサイを見て、あなた様の発言を戯言と判断しました」
「……怖いもの知らずに拍車がかかったか」
「まさか。私は変態ではありません。あなた様こそいかがいたしました? こんな娘、いえ、無知さ加減でいけば幼子を犯そうなど諸国に知れればとんでもない恥では?」
セツキは自分変態じゃないんで怖いものは普通にあるみたいなこと言いつつ、帝に幼子を犯そうとするなんて変態かよ、みたいな毒をさらっと吐いて飛ばしやがった。
セツキの毒にはさしもの帝もカチンときたのかイライラした様子でセツキに手でこっちへ来い、と合図したが、セツキはとっても気持ちいいくらい余所見して流した。
「セツキ、いい加減に」
「聖上」
セツキの態度で本格的に怒りのツボをつつかれたリィクがイライラ剝きだしでいい加減にしろ、と怒ろうとしたが遮る声ひとつ。柔らかであるのに強い声だった。
リィクが声に振り向くとネフ・リコが微笑んでいた。セツキに拒否られていた筈なのにいつの間に主のそばに戻ったのか甚だ疑問。だが、以上に続いた発言が謎だった。
「どうか、あの娘は諦めてくださいませ」
「お前まで戯言を吐くか」
「いえ。セツキ殿の主張は一理あります」
ネフ・リコはセツキの言葉に一理があると言い、さらに言葉を重ねた。猫のような男の飄々とした目はセツキに抱えられたままのサイを見ている。サイは怯え切って震えを静めるのにセツキの着物をぎゅっと掴んでいる。
サイの様子を見てネフ・リコは困ったように笑い、戦国の絶対君主に進言する。
「あそこほど怯えて拒絶している娘に無理矢理手をだそうものならば強姦になりかねません。そうなれば、もしも、そのようなことをしては帝都の貴族共がうるさい以上に海神様のお怒りに触れてしまいましょう」
ひくっ、と一瞬だったがリィクの唇がひきつるような動きをしたのをココリエもセツキもそしてなによりネフ・リコももちろん見逃さなかった。帝の側近を務める男はこれでトドメ、とばかりさらに正論を重ねる。
「民草にとって聖上は神そのもの。それが海神様のお怒りに触れてはとんでもないことでございます。醜聞、いえ、以上の騒ぎになりましょう。そうなってはなにが起こるかわかりません。世代交代だと寝言をほざいて聖上の首を搔きに刺客を手配する貴族がどれほど湧くやら……」
「……今は間が悪い、か」
「はい。ただの刺客でしたら他の柱、ツツジやヤイジたちが、あと聖上が異国からお雇いになった忍衆でも充分に対応が叶いましょう。ですが、あの悪鬼が雇われたら」
「悪鬼カザオニ……メトレットを最後に消息を絶っていると聞くが生きているのか?」
「自らを幻とすることこそ忍の得意。おそらく新しい金蔓を待っているのでしょう」
ネフ・リコの進言に帝は難しい顔をする。男の目はそばにいるネフ・リコの肩を見ている。視線にネフ・リコは当然気づいている。それでも彼は変わらぬ微笑みのまま。
変わりない笑み。だが、少しだけ強張った笑みに見えてココリエはひとつ確信した。帝を守護するのに今のネフ・リコでは務めを果たせる確実さに欠けてしまう。
サイから受けた傷が深いのだ。あの氷の礫がどれほどの威力か知らないが凍傷を超えて腐っていたあのにおいからするに治療は一筋縄ではいかない。単純な怪我ならば戦国の医療でも、最高峰のものであれば腕が吹き飛んでも一瞬で再生させられる。
しかし、それが未知の怪我となれば、凍傷の上をいくなにかならば治療は慎重に行わねばならない。一手誤れば切断し、再生治療に専念せねばならなくなる。
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