唐突なる暴挙


 ざざぁん、ざぱぱん。


 波の音が聞こえてくる。ココリエはずっとサイを見つめている。サイもココリエを見ていた。見ていたが、呆然、と表現する方がより正確で簡単で当たっている。


 サイは呆然としてココリエを見ている。自らに起こったことが信じられないとばかり動揺して瞳が揺れている。


 サイの瞳に揺れている感情。驚愕。羞恥。その他にはない。ココリエの起こした行動に対する感情だけが躍っている瞳を見つめてココリエは勝ち誇った気持ちになった。


 サイを征服している。そんな感覚が湧く。サイといういい女を支配したい欲望がココリエの頭を静かに確実に覆っていく。欲に飲まれるままもっと、と望んだ。


「ふ、ぅ……っ」


「ん。んう……」


 ――もっと、サイに触れたい……!


 もっとサイが欲しい。もっともっといっぱい触れたい。ココリエがそう思ったと同時にようやく正気に戻ったサイが反撃に転じる。がり、と音がした。ココリエは反射的に離れ、唇を伝うものを手の甲で拭うと鮮烈な赤がぬるりとついた。血が滲んでいた。


 切れた唇。だが、ココリエは無関心に下を見た。そこでは美しい娘が赤い顔で荒い息を吐きだしていた。サイの唇にもほんの少し赤がついていた。どうも、噛みつかれて切れてしまったようだ。そう冷静な自己分析をしてココリエはサイに笑いかける。


 サイは信じ難いと言わんばかりの目でココリエを見た。いつも優しく、兄のようであった青年がまるで獣。まるで別人。動揺するサイだが以上はない。


「なにをするか、貴様……っ」


「おかしいか?」


「な、いかれたか!?」


「いや、いたって正常だ。サイが、欲しい」


「? 意味が知れぬ。いつの間に狂った、ココリエ? こんな真似をしてただで」


「ふふ、サイ、おかしいのはそなただ」


 なに言ってんだ、こいつ。そんな雰囲気がサイの瞳に揺れている。当たり前だ。おかしいのはどう見てもどう考えてもココリエの方だ。見ず知らずでなくても側近で部下に当たる女に口づけるなどと誰が考えてもおかしいのに、なんだ、この余裕は?


 サイがココリエの謎余裕にイミフ思っているとまたココリエが近づいてきた。サイはあんなものでは狂った頭には響かなかったようだ、と結論。自由に動く手を振って青年の側頭部に一撃重いものを入れようと振りかぶったがココリエの発した声の方が音速でいくらも早かった。


「借りが残っているな、サイ。返せ」


「……は?」


「借りを帳消しにしたかったらおとなしくしてこのまま余のモノになれ、と言っている」


「……なに、を? ふざけっ」


「いやならさらに利子がつくことになるぞ」


「え?」


「そうなると返済時にはどれほどそなたを好きにできるのだろう。考えただけでこの身が震えるな、サイ? そなたほどの娘を好き放題できるなんて男の夢そのものだ」


 ココリエの言葉を聞いているサイの瞳に信じられない、ありえない、と混乱が浮かぶ。


 サイの頭が正常に機能しなくなったと同時に振りかぶっていた手が力をなくして砂浜に着地。視界の端で見ていたココリエは妖艶に笑って正装の飾りに巻いていた帯をほどく。そして、女の隻眼にかぶせて頭の後ろで縛り、余った布で両手も縛ってまとめた。


「なん、ほどけっ!」


「サイ、いいコにしていろ。言うことをきちんと聞けばほどいてやる。痛くはしない」


 突然、視界と両手の自由を奪われたサイが驚き、怯えてめちゃくちゃに暴れようとしたがココリエは笑顔のままサイの耳にそっと囁く。そうした言葉の数々がサイの怯えと不安を煽ると知っていてわざと、言った。


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