この腕に抱いてそして……


 突然、ココリエにされていることが意味不明なのだ。しかし、いつものサイならばココリエを突き飛ばすなり暴れそうなものだが、女は抵抗しなかった。


 されるがままに身を任せている。サイの様子にひとつ確信をえてココリエはサイを抱く腕に力をこめた。放さないように。この手から離さないように。もう二度と傷つけない為にもそっと、ぎゅっと抱きしめた。


 きっと、彼女は慰めてほしかったのだ。長い長い間、ずっと孤独に努力してきて誰にも「頑張ったね」とも「辛かったね」とすら言ってもらえなかったのだから。


 ココリエの温度に包まれたサイはとても辛そうだった。それでも抗わなかった。


「おかしな男だな、己は」


 ウッペ城中庭で抱きしめられた時のことを、サイは彼の温度に安堵を覚えたことをこの時、思いだしていた。優しい香りと温かい腕の力にいたこともない守ってくれるひとを感じたのだ。脆く悲しい幻想。わかっていても縋ってしまう。慰めの他にないのに。


「すまなかった。辛いことを思いださせて」


「イミフ」


「サイ、今一度心に刻んでおいてくれ。サイはもうひとりではない。セツキがなにを言ったかは訊かないし、聞きたくない。どうせろくなことではないからな」


「……セツキがいないから、言うのか?」


「……すまん。余にも立場があるのでな。許さなくていい。だが、知っていてくれ。余もルィルもサイのことが大好きだからひとりにしたくないのだ。頼む。せめてルィルのことは邪険にしないでやってくれ。余は……」


 自分のことはいいから、と言いかけてココリエは言葉に詰まった。急に胸がきつく締められるような心地を覚えてしまったから言葉を続けられなかった。


 ――悲しい。苦しい。辛い。……ああ。


 ココリエはひとつ重大なことを理解した。理解してしまったことに涙が溢れて止まらなくなった。サイの前で弱さを見せたくないと思った。なのに、結局嗚咽は零れ、サイは当然のように聞き咎めてココリエの胸に抱かれたまま青年を見上げた。


 鋼の隻眼には不思議そうな色。


「どうした」


「ちがう、ちがう……余は」


「?」


「違うのだ……っ」


 意味わからなさに首を傾げているサイ。ココリエは必死で言葉を積もらせる。違う、と懸命に否定を連ねた。なのに、口でどんなに否定しても溢れてくる想いは変わらずココリエを襲撃する。認めろ、と叩く。認めない、とココリエは盾を掲げる。だが、胸に触れる熱が壊しゆく。


 サイの温度。心地いい温度。危うい熱はすべてを奪う。そう、正常な判断すらも。


「……ココリエ?」


 そして、気づいた時、ココリエはサイを抱きしめてはいなかった。サイの体をぐっと離して間髪入れず、砂浜に倒していた。サイは不思議そうな瞳のままだ。


 男に押し倒されているのになんと悠長なことか、と思うと同時にココリエの中に凶暴な誰かが現れ、ココリエの背を力いっぱい、これでもかと押してきた。ココリエはそれに逆らわない。逆らう術がない、と言う方がより正しいのだがどうでもよかった。


「サイ」


 疑問に揺れるサイの瞳。とても美しい瞳はまさしく宝石の美。最高級の金剛石はサイの瞳に宿っているのではないかと思えるほどに綺麗だった。


 吸い込まれそうな色。吸い込まれてそして永遠に帰ってこられないのではないか、帰れなくてもいいや、と思える桃源郷を想像させるその瞳に引っ張られてココリエはサイに覆いかぶさり、ふっくらと熟れた女の唇にそっと自分の唇を重ねあわせた。


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