悪魔の悲しい降誕祭


「レンと一緒ならなにもかも不必要。そう、思っていたのに、な……」


 それまで流暢に語っていたサイなのに言葉が失速したような気がしてココリエが隣を見ると、サイはココリエの隣に腰かけていた。自然体なのに油断も隙もない姿は至高の戦士然とした姿だと思えた。そのサイなのに、なんだか今、猛烈に弱って見えた。


 サイはレンと一緒ならなにも要らない。そう思っていた。きっと、心から。それを覆すようなことが起こった?


「冬季祝日のひとつに降誕祭というのがあるんだが、その日、私は拠点にしていた空き家で料理に明け暮れていた。レンの好物をつくっていた。世間がご馳走だ、と定義するものとレンの好物で食卓を唸らせた」


「好きな食べ物をつくる日、なのか?」


「いや。神の御子降誕を祝う日」


「……ええと、サイ」


「私は無神論者だ」


 デスヨネ。と、ココリエは心の中でそっと思っておいた。サイが神を信じているとは考えにくい。ずっと、サイを虐げる運命さだめを与え、苦しみと悲しみを背負わせた神などを彼女が信じる筈ないのだ。アホ臭い妄想だ。


「ただな、その日はサンタクロースというのが来て贈り物をくれるというのがこども内では信じられていた。無論、レンも楽しみにしていた。毎年、贈り物を待っていた」


「へぇ……」


「サンタさんは親、だがな」


「……さようで」


 一瞬、さんたがいるのかと思ったココリエだったがサイの無情な一言で粉砕された。相変わらず遠慮もなにもないものだ。だが、不思議といやではない。それはきっとサイが悪意でしていないから。こどもの無垢さで粉砕しているだけなので仕方ないなーっと思ってしまうのだ。


 だが、いまいちわからない。その話が先までの話にどう繫がるのか。ココリエが考えているとサイが目を伏せた。悲しみ、苦しみ、痛みに瞳を曇らせている。


「だが、うちにはサンタが来ることはない。それでも楽しみにしているレンの為に私は毎年一計を案じる。配送業の者に金を渡して扮装してもらい、贈り物を頼む」


「……。あ、なるほど」


 ココリエにもピンときた。先までの話とどう関連しているかはわからないが、さんたと贈り物の話はわかる。サイはさんたからと見せかけてレンに贈り物を依頼した。


「……それが、悲劇の幕開けだった」


「え?」


 サイの言葉が一瞬理解できなかった。


 悲劇の、幕開け? それはどういう意味だろう。どうしてサイの精一杯の思いやりが悲劇を招くのだろう?


 理解に苦しむココリエにサイは嘲りの心で瞳を揺らした。ココリエを嘲っているわけではない。その揺れが嘲っているのはサイ自身。自嘲の苦みを噛んでサイは続けた。


「私は扉が叩かれたのを合図に食卓を立ってレンに笑った。「サンタさんかな?」と言うとレンはぱあと花が咲くように笑ってくれた。笑顔で自分も席を立とうと急ぐ」


「それがどうして」


「私はレンの眩しい笑顔を見ていることが幸福でずっと見ていたいと思っていた。だから毎年配送業者を変えて贈り物を頼んだ。だから、きっと、愚かにも油断していた」


「油断って、だからそれが、な、ぜ……」


 ココリエは思いついてしまったまさかに首を振った。まさかそんなバカな、と思ったし思いたかった。なのに、サイはココリエの口がすべて言う前に現実を語った。


「そこにいるのが見知らぬ大人だと思い込んでいた私は扉を開けて外に向かいながらもう一度レンに振り向いて、彼女の驚愕し愕然とした表情に疑問を抱いた。レンがなにか叫んだ。でも、その時にはもうあの獣は私を撃っていた。これが」


 言いつつサイはウッペ色の戦装束より右腕だけ着物から抜き、逆の手で示した。


 彼女の指が示した場所を見たココリエは息を詰めた。ひどかった。


 純白の肌に生々しく残った傷痕。皮膚が再生してはいたがどことなく突っ張ったようになっていてうっすら桃色が透けている。傷痕はココリエの手のひらほども大きさがあり、爆ぜたような痕。ココリエには知識もなにもない銃とやらの残す傷痕は少女には酷で惨すぎると思った。


「その時の傷だ」


「こんな、大きな傷になるのか?」


「うむ。かかった闇医者ははたしかなので金さえ払えば処置に不手際はない。それにこれでもアレが気を遣って痕を極力残さないようにした方だ」


 これで痕が残らなかった方? なんというか冗談のようだ。ココリエも戦国の王子。多くの怪我人を見てきた。激痛に泣き喚き暴れ狂う者もいた。片隅で死の恐怖に怯えて震えている者もいた。比較するものではないのだろうが、それでもサイは強すぎる。女の子なのに……強い。


「嘲笑いながら吐かれた「心配したよ」に今でも腹が立つ。そのあとは「地獄へいけ。僕の醜い悪魔」とか……不甲斐ない、情けない話だ。私が油断したばかりに」


「サイ……」


あいつはあの時ばかりは私に集中していた。皮肉なものだ。ずっと焦がれてきた愛情をくれる筈のひとがはじめて私を見てくれているのに。殺す、為だなんて」


「レンは」


「私の視界は真っ赤だった。激痛の赤に塗られてなにも見えなかった。ただ」


 ただ、そこでサイは言いよどんだ。先を言うことを躊躇っている。……なぜ?


 サイの横顔には変わらずなにもない。


 無に塗られた表情に光はなく、闇もなく。


 ただ悲しみをうつして銀色が揺れている。悲しげに揺れている銀色はまるで清水。


「私はレンだけ、と思っていた。あのコだけは守らなければ、と。やつに連れ戻されたらなにが待っているかわからない。ずっとに遭っていたのだから」


「? 虐待されていたのはサイ……」


「虐げられるだけが虐待ではない。あのコは本当に酷な扱いを受けていて可哀想でならなかった。レンは私を幸せにしようと必死だったが、私はレンを癒すことに懸命で」


「……」


「滑稽だな。互いを幸せにしたかったのに互いに不幸になったなどと……アホだ」


 アホだ、と自らを軽くバカにしたサイは自嘲しつつ昔語りを続けようとした。


 が、ココリエはサイを抱きしめ、女の自虐語りを妨害した。ココリエの腕に抱かれたサイはきょとんとしている。


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