林からでてきた強き者
「ふむ。伊達でない、か」
林から現れたのはとても美しい娘。凛とした姿。美しい顔。鍛え抜かれ、しかし各所に女性美を忘れない肉体。林にいろいろ探しにいっていたサイが戻ってきた。
見たところ、女は傷ひとつ負っていない。片手に竹の水筒をさげている女は常の無表情で立っている。無表情なのだが、瞳にはすさまじい警戒の色が宿っている。
「ココリエ、生きているか」
「あ、ああ。サイ、そなた」
「うむ。ちょいと獣がでてな」
「獣……?」
「……。ひとも獣の一種である。が、以上にそこなでかいのは化け物じみている。アレで目立った負傷をしていないとはおかしい。……。昨今の阿呆共にはなくきちんと名乗ってきたので加減したが、捨てていいか?」
……。なんだか、すんげー聞き捨ててはいけない言葉をものすっごく並べられた気がするココリエは呆然とサイを見て、イキバを見て、ネフ・リコを見て首を傾げた。
どうしたらいいのだろう。ネフ・リコの襲撃だけでもかなりのびっくりだったのにこの上イキバなどという者まで現れてさらにサイがそのひとを相手取っていたとかさ。ちょっとくらい壊れても、頭おかしくなっても罰は当たらないんでない?
「まさか、戦国の一強を
「む?」
「いえ、まさか、ですね」
まさかの事態だと言い聞かせてネフ・リコは武装を構えた。サイは興味なさそうにそれを一瞥。まばたきした時、すでにネフ・リコは飛びだしていた。
男の持っている白の刀が風を切断。サイは見もせず躱し、屈んだ姿勢で消失。ココリエのそばで砂埃があがる。砂場にサイの拳骨が深々と刺さっていた。
ココリエの視界の端で巨体が躍る。イキバはサイの殺人拳からなんとか逃れて、緊張濃い目で女戦士を見つめている。なのに、サイはイキバなど気にしない。女はココリエの無事を確認して彼のそばに水筒を落としてようやく本格的に構えを取った。
瞬間、空気が変わった。威圧するような殺気が満ちていき、空気が冷え凍っていく。
ココリエは邪魔にならないようにさがるついでと水筒を手に取る。筒はかすかに冷たく濡れていた。林の中に川かなにかあったのだろう。しかし、水筒をココリエに届けるのを優先するとかどれだけ余裕だ。
「……。捻挫
「ネフ・リコ、と申します」
サイのおボケ様はこんな時まで、戦国の強者を前にしても平常運転なのか、と微妙で奇妙にいやな発見。……いや、ひょっとして素で、まじめに言っているのだろうか?
ならば、かなりどうしようもなくアレだ。
ネフ・リコは微笑んでいる。だが、目に関してはイキバ同様、油断なくサイを見つめている。戦国の強者ふたり揃って思ったようだ。この女は危険だ、と。
ネフ・リコが仕掛ける。男はサイに抜刀術で切りかかっていくが、当然無策である筈もなく。ネフ・リコの刀から白い炎が噴出。サイの間合いの外から炎で延長された刃が切りかかる。サイは炎の刃を一瞥。息をあわせてするりと間合いの外に逃れる。と、イキバの巨体が迫った。
イキバの巨大すぎる拳骨がサイの脳天目がけて振りおろされる。振り、おろされた筈だった。大男は驚愕の表情。サイはそこに立っている。まったく動じず、片手だけあげている。さすがのココリエも我が目を疑ってしまう。サイの華奢な手が大男の巨弾が如き拳を受け止めていた。
「……はぁふ、ねむ」
しかも受け止めただけに飽き足らず、止めた当人は欠伸している。大きな欠伸は獅子のようだ。そして、むにゃむにゃしているだけなら、欠伸しているだけならば猛獣も可愛いが、
ミシ、と骨が軋む音がした。イキバの表情に苦痛が浮かび、大男は咄嗟に手を引こうとしたが、サイがそんないまさらを許す筈ない。肉と骨がまとめて砕ける、潰れる音がして大男の拳の一部が圧壊。挽き肉になった指をイキバは信じられない目で見る。
衝撃光景にココリエもネフ・リコも口が利けず、動けない。が、サイだけは違う。
女戦士は唖然とする男共を放ってイキバの潰した拳を掴み、持ちあげて投げ捨てた。にわかに信じ難い光景だ。華奢な少女が熊のような大男を片手で持ちあげ、捨てる。実はふたり共仕掛け人で手品の種はこれこれ~とかだったらよかったのに、そんな阿呆な気配は微塵もない。
イキバは両足で着地したが、サイに潰された拳を庇っている。拳を庇うイキバをネフ・リコが庇う。ぼたぼたと血が白砂に不吉な斑点を描き、やがて砂が湿っていく。
この程度で膝をつくことはないが、イキバは冷や汗をかいている。自慢の拳が潰されたことも。やったのが男ならばまだしも若い女、絶世の美女。かなりの衝撃だろう。ココリエがイキバの立場だったら落ち込んで先半年、いや、数年は余裕でへこむ。
「訊くが、うぬは本当に
「なにか。私がオカマに見えるとでも?」
「釜?」
「ケツ?」
おい、女の子が釜をケツとか言うな。せめてお尻だ。が、突っ込みは口からでない。
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