戦国の強者たち


「理由など要りますか?」


「え?」


 ネフ・リコの言葉にココリエがマジ落ち込みしそうになっているとその彼が口を開き、不思議そうに訊ねてきた。だが、ネフ・リコにココリエは疑問を返すしかない。


 いきなり、なにを訊かれているのかよくわからないからそう返すしかないのだ。だというのに、ネフ・リコは困ったようにため息を吐き、苦笑いで言葉を足してくれた。


「理由など要らないでしょう? ただ、あの極上娘を抱けばいい話。これ以上ない美味しい話ではありませんか」


「そういうわけには……。理由もなく、彼女の意思を無視してそのような、乱暴を」


「ですが、これは聖上の、ですよ?」


「それ、はでも」


「勅命を無視することの意味、まさか、わからないわけありますまい? たかが傭兵娘の貞操如きで国に災厄をもたらせるおつもりか? それでもあなたは王子ですか?」


 ――それでも、一国の王子ですか。


 重い、言葉。ずっとセツキに言われてきた。セツキなので、さすがにこんな無礼な言い方はしないが、言っていることは同じ。それで、そんなことで一国の王子に相応しいつもりなのか。そこからさらに王子たる者うんたらかんたら、説教がはじまる。


 それくらい、ココリエのことを気にかけ、他国の者にバカにされないように気遣っているが故の厳しさ。でも、王子として在るならば無垢な娘の気持ちを無視して乱暴をするのが当たり前の選択だ、と言われるのはなにかが違う。セツキの厳しさにやや似ているが、圧倒的に違う。


 なにが違うのか、と問われても困るが、それとこれは別物、である気がする。王子という立場を利用してサイに乱暴を働くなどとしてはいけないことで非道徳的行い。


「まあ、どうしてもひとりでできないというのであれば小生らがお手伝いして差しあげますよ、ココリエ王子」


「手伝う?」


「ええ。あの娘を痛めつけて無理矢理承諾をえてしまえばあなたも心置きなくあの娘を犯せましょう? 少し、傷がつくのが難点ですが、女は弱い。なので……」


 なので、の先はわからなかった。突然、海とは反対にある林からすさまじい音が轟いてきた。ついで地面がぐらぐらと揺れ、立っていることも難しい状態になる。


 あまりの震動に気分が悪くなる中、林の木々がどんどん、べきべき折れる音がした。


 まるで山削りの現場に来たかのような音。


 ココリエはいったいなにが起こっているのか訝しがった。そして、それはネフ・リコも同じようで油断なく、林の奥、暗がりの先をじっと静かに見つめている。


 ココリエとネフ・リコの視線を感じ取りでもしたのか、林の騒音が一瞬静まる。


「わっ!?」


 しかし、それも本当に一瞬限りのことですぎ去ったのち響いてきたのは常軌を逸した爆音。発破の現場であってもそうそう聞けないほどのとんでもない音は衝撃波となって鼓膜を震わせる。と、ネフ・リコが動いた。いや、正確には、避けた。


「ぐ、ぬぅ……」


 ネフ・リコが避けてあけた場所に知らないひとが着地した。そのひとのことを一言で表すならば……ずばり、熊。


 巨体。顔。迫力。すべて備えて熊のよう。


 その姿にココリエはついぽかんとする。


 ウッペにも巨漢がいる。ケンゴクはココリエに比べると巨大だ。だがしかし、今ここに新しく現れた男の大きさこれ別格。六尺四寸はあるケンゴクなのに、その男は七尺ばかりありそうな巨躯。しかも、背丈だけでなく、筋肉の盛りが半端ではない。


 ココリエの筋肉が可愛くてお飯事に思えてくるほどそのひとは筋肉隆々。おそらく骨が太いというのもあるのだろうが、盛られている筋肉は成人男性三人分はありそう。


 同じ男と名乗るのが申し訳なく思えてきそうなほど、ココリエに比べて立派ですさまじい肉体の男は苦鳴をひとつ吐きだして立ちあがった。男は左の腕を庇っている。


「イキバ、なにか問題が?」


「ああ、ネフ。予想外だ」


 ココリエが誰だこれ、と思っているとネフ・リコが名を呼んだ。彼は男にイキバ、と呼びかけた。ココリエはすぐには整理がつかなかったが、誰かが彼の頭の中で木魚を三回叩いた。音を聞いてやっとココリエは反応。


 戦国のそれも帝都でこの体格、名がイキバ。これだけの条件が揃っていて相手のことをすぐ閃けないなんてどうやら相当ココリエの頭はアホになっていたらしい。


 その名、知っている。戦国の戦士ならば誰でも知っている名、なのだから。


 戦国には三強と呼ばれる最強者が三人と十柱と呼ばれる戦場の柱となる強者がいる。要は有名な戦士だ。セツキ、ケンゴクは柱と呼ばれている。それだけでも戦士としてはかなりの栄誉。しかし、上には上がいて、三強は戦国の絶対実力保有者だ。


 ココリエは名前しか聞いたことがない。


 炎猫ネフ・リコ。怪腕のイキバ。阿修羅ヒイラギ。この三人に戦場で出会ったらまず命はないと言われ、育った。


 戦国切っての最強者。戦国の三強のうちふたり。ネフ・リコとイキバがココリエの目の前にいる。ここが戦場だったらココリエはとっくの昔に死んでいる。多分、呼吸する間もなかっただろう。それが今生きている不思議は林の中から現れた。


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