止めに入った者
邪魔をされたサイは瞳に剣を宿して後ろへ振り向き、相手を見て意外そうな顔をした。
そこにいたのはいつもサイの暴挙や暴言に一番突っ込みをして止めに入るひとではなかった。サイのそばでサイの恐ろしい処刑を見せつけられていたルィルシエも驚く。
「よせ。もうやめるんだっ」
「お、兄様……?」
「サイ、そなたの方が数万倍は強いのだ。強者の慈悲精神を都合よく忘れたのか?」
そこにいたひと、サイを止めに入ったのはココリエだった。いつもだったらセツキやケンゴクが先んじるがふたりはサイのある意味暴走に固まってしまっていた。かなり恐ろしい処刑を目の当たりにして、それもあのサイが、いきなり殺しにかかると思わず、動けなかったのだ。
ココリエも最初の方こそ衝撃がすぎて動けなかったが、気づいたら飛びだしていた。
サイの残酷な殺人を止める為に飛びだしていた。その際、サイに、サイが教えてくれたことをぶつけてみた。
強者は弱者へ慈悲の心を以て挑ませてやるべきである。そう、ココリエの拳術稽古に際し言っていた。……つまりだ、訳するとココリエは弱すぎてならないから慈悲深く手加減してやる、だ。いつものことだからココリエは気にしない。でもひでえ。
だからこそ、意味不明だった。あきらかな弱者にサイがこんな暴挙を振るうとは。
しかし、サイを問い質す機会はなかった。
「……っと?」
ココリエを確認したサイはしばし無言だったが、そのしばらくがすぎ、急に女の膝が崩れてココリエの方に倒れ込んだ。咄嗟に受け止めたココリエは驚いてサイを見たが、女はぴくりとも動かない。ココリエは慎重にサイの背に手をまわして抱え直してからサイをもう一度見る。
綺麗な白肌に影をつくる睫毛。閉ざされた瞼。静かな息を零す赤い唇。少し見ていたが、サイは動かず、静かに眠っている。ココリエの中で膨れる疑問が青年の口を衝く。
「どう、いうことだ。なにが……?」
いったいなにがどうしたからこんな凄惨な事件を起こすにいたったのか。問いたいが、問いをかけるべき者は気絶している。眠っている。よって、問答できない。
しかし、まずいことになった。
帝都の門前でこんな騒ぎを起こしては入れてもらえるものも入れてもらえない。さらにはそんな事態を引き起こしたサイにセツキが特大の説教雷を落とす。
「……その娘、具合が悪くなったのか?」
「え?」
「え、じゃない。具合の悪い
「あ、その……かたじけない」
「ええ、ええ。そいつらは素行不良で弾いたばかり。天罰がくだったんじゃろ」
老人の厚意に甘え、ココリエはサイを背中に負ってルィルシエを連れてセツキたちに合流。物言いたげなふたりを連れて門をくぐった。背後では悲鳴と泣く声が聞こえてくる。なくなった腕、そして春の心地いいものであっても風に腐った断面がさらされて激痛が走るのだろう。
背でヒラシゲが被害者たちを追い払う声を聞きながらココリエは門を通過。ケンゴクに引かれたイークスたちの引っ張る車が門を通過したと同時に門が大きな音を立てて閉まった。無事に、万事無事にとはいかなかったがそれでも一応通過できたのでよかった、とココリエはほっ。
「はじめて、
「あ、あはは……は、は……」
「どうしたんですかね、こいつ」
セツキのしみじみと吐かれた感想にココリエは乾いた笑いを吐くしかない。
後ろからやってきたケンゴクが疑問を吐いてくれたが、ココリエは答を持たない。わからない、と首を傾げてサイを背負い直す。おかしなことに、サイはココリエが、温度が触れているのにまだ目を覚まさない。眠っているのか、気絶なのか知れないが、とりあえず意識がない。
あまり、騒音のある場所を連れて歩くのは可哀想だ、と思ったココリエはセツキに目で合図。セツキは心底いやそうだったが、仕方なさそうに案内に立ってくれた。
「ルィル、はなにか知らないか?」
「その……わたくし、半分ばかりは冗談だったのですが、サイに、ですね」
一応、寸前まで一緒にいたルィルシエになにかしら知らないか訊いてみたココリエにルィルシエは半分以上びびりながらだったが、答えてくれた。少女の空色の瞳はしきりにサイを気にしてうろうろしまくる。
「いつも面倒を見てもらっているのでつい、お姉様みたいです、って言ったんです」
「うん」
「そうしたら、急にサイがああなって」
「う、うん?」
「あとはその、ご覧になった通りです。突然ルィルにふざけないで、と言って」
「うーん、それはどうなのだ、関係があるのか? 豹変も豹変でおかしいぞ? ふむ、ここら辺で人格病がでた、とは聞いていないし、そうなると、サイの持病か……」
しかし、言っていてココリエはないな、と思った。サイほど頑健で強かな娘は他にいない。人格病、多重人格を短期的に発症する流行り病でなければサイが元々持っているものを疑うべきだが、サイからそんな話を聞いたことなかったので持病がある、など恐ろしく阿呆な話だ。
サイは我慢強い方ではないが、しかしだからといってあきらかな弱者をあんなつまらない理由で攻撃したり、ましてや殺そうとしたりしない。残酷でも残酷になり切れないサイは優しい。弱者に慈悲を以て接している。だから、ココリエも安心してルィルシエの面倒を任せていた。
なのに、ルィルシエに突然怒りや殺意を向けるとはどういうことなのだろう?
「着きました。この旅籠屋です」
「部屋はどう取ってある?」
「ココリエ様に一室使っていただき、私とケンゴクで一部屋、ルィルシエ様と世話にサイ、と思っていたのですが」
「その部屋割りでいい。ただ、念の為、サイが目を覚ますまでは余が看病についている。荷ほどきを頼めるか?」
「それは、構いませんが……あなた様が」
「サイは大事な家族だ」
王子ともあろう者がそんなものに構うなんてと言いたかったのだろうが、それより早くココリエがサイを大事な家族だと宣言した。家族をそんなもの扱いさせない。
ココリエの強い言葉にセツキはなにか言いたそうにしたが、背後のイークスが空腹でぐずっているのを片耳に聞いて仕方なくため息を吐いて小言を諦めた。
そして、本当に仕方なさそうにしつつ旅籠屋の中へ入り、働く者に気分が優れない者がいる旨を伝えてくれた。
お陰で旅籠屋からひとがでてきてすぐ、帳簿つけも適当に部屋へ通してもらえ、布団を世話してもらえた。
旅籠屋の女子衆はセツキに並ばれるとかすんでしまうもののウッペではかなりの美形であるココリエを間近に見てポーっとしていた。のだが、手はテキパキ動き布団を敷いてくれる。ココリエはその女の子に声をかけられないかおどおどしていたが、以上にサイを気にかけた。
「ご入用のものがあればご遠慮なく」
少女が敷いてくれた布団にサイを寝かせているとココリエの背に声が聞こえた。女の子はサイの体に障らないように席を外してくれるようだ。入用のものがあれば、と言ってでていった少女にココリエは無言で頷いた。それを彼女が見ているかは不明だが、どうでもよかった。
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