ひやりひやりと凍えなさい


「なあ、姉ちゃんよお」


「邪魔です」


「そう邪険にすんなって。妹ちゃんとこっちにきて、一緒に遊ぼうぜ?」


「これは私の妹じゃないわ」


 ふと、ココリエがふたりの不在に疑問を抱いたのだが、すぐ答が聞こえてきた。


 振り返るとそこにいる少女と女。ふたりのまわりを赤ら顔の男らがまとわりつくように取り囲んでいる。酒が入った勢いで絶世の美女とおまけを口説こうとしたようだ。


 王女の存在がおまけになってしまう、というのは困りものだが、サイの美貌が眩しすぎる。悪くないが悪いことである。ある意味でけしからんのだ。


 特にサイはこの日、着替えが面倒臭いのはクソとかなんとか言い、セツキの説教を無視して洋服を着ている。


 体形がしっかりわかるすっきりした黒シャツと黒パンツ。ウッペに転がり込んだ時に持っていた着替えを着込んでいる。それはなんというか、非常識なほど攻撃的です。


 体形がわかる。つまり、サイのさらしに潰されていても非常に目立つ胸の豊満さがわかる。きゅっとくびれた腰と綺麗な形のぷりっと張った尻も最高の黄金比率であり、視覚情報として激しすぎる。だから、ふたりを口説こうとしている男らの頭が沸いてしまったのもわかる気がする。


 サイの巨大爆弾の爆裂並みに威力を備えた体は一種凶器だ。なのに、サイ自身はそのことに自覚がないどころか、自分は平均値とか言ってしまう始末。それのせいでこないだ、ルィルシエがマジ泣きした。あの時は、本当にどうやって慰めたものか、とそっちに百倍は気を遣った。


 サイの素晴らしい肢体とルィルシエのまだ未成熟な体は比べるのが失礼、というか比べたら可哀想、というか。とにかく、あの時ほど難儀したことはない。


「すげなくすんなって。あっちもこっちもこーんないいもん持ってんだからよぉ」


 ココリエがちょっと思考を遊ばせていると男たちがサイの胸に手を伸ばした。


 いいものを持っている、と言いながら。たしかに相当いいものを持っているが、それをルィルシエのそばで言わないでほしい。またお色気関係で泣かれたら困る。


「……特別にもう一度言うわ。邪魔よ」


 またルィルシエに泣かれるの困る思ったココリエだが、不意に不思議な心地になる。なんとなく、だ。本当になんとなく、としか言えないのだが、なにかがおかしい。


 少ししか離れていないサイとルィルシエの表情に違和感を覚えた。サイの隣にいるルィルシエは心から恐怖したように怯えている。どうしてか、わからない。口説き文句くらいで怯える筈がない。まるで、なにか別のナニカに怯えているかのような……。


 それにサイの表情も不可解だ。いつも凍りついた無表情の女。なのに、今のサイは笑っている。身も心も凍るような氷の笑みを浮かべている女は男たちに最終通告。


 しかし、ココリエはサイの通告よりもサイの言葉遣いの方に気を取られた。


 サイは、あんな丁寧な言葉、使わない。


 粗暴でちょっと怖い、男みたいな言葉をいつも使うし、もっと……。


 ――なんだ、この違和感と悪寒。サイなのに、サイじゃ、ない? ……誰だ、アレは?


 一歩間違うと「頭打ちましたか?」と訊かれてしまいそうなことを考えるココリエが目を見開き、注視している先で男たちは首を傾げ、一度止めた手を再び伸ばした。


「いいことしようぜ~」


「……いいよ」


 しばらく黙っていたサイ。ふざけんな、と一蹴すると思っていたのに、彼女はまさかの了承。これに男たちは一瞬虚を衝かれて固まる。絶世の美女が誘いを受けてくれたことが衝撃だったようだ。だが、本当の衝撃は先にあった。ひどく恐ろしい、衝撃が。


処刑いいこと、してあげるわ」


 言うが早いか、サイの右手が男、近かった者に伸びて触れた。軽い音。薄氷が踏み割られる音がして男の腕が凍っていく。そして、ただようのは強烈な腐敗の刺激臭。


 においがココリエたちのところに届くと同時に男が悲鳴をあげてサイから距離を取ったが、間違えた。すぐ許しを乞うべきだったのだ。離れた瞬間、男の腕が腐って落ちた。凍傷により壊死した肉が腐ってしまい、もげたのだ。男の腕だった氷漬けの肉が地面にぶつかって砕ける。


 粉々になった腕の破片が太陽の熱に炙られて溶け、赤い水となり、やがて地面に吸い込まれて消えた。肉も骨も残らなかった。いきなり起こった傷害事件に門の前は騒然となる。被害にあった男はあまりの衝撃に驚くと同時に自分の腕が地面に吸われてなくなったことに恐怖した。


 なのに、サイは笑っていた。


「……可哀想」


 愉快そうに、まるで最高の冗句を見た、喜劇を観覧した直後のように笑っている女戦士は可哀想、と言ったが、まるでそう思っていない、そうした感想を一切抱いてないのは笑顔に表れている。歳相応に笑っている。普段のサイにはない眩しい笑顔でいるサイは美しく、恐ろしい。


「まだ、生きている、なんてすごく可哀想」


 生きていることが不幸だ、とでも言いだしそうなサイの笑顔は冷たい。まるで海外の童話にある氷の女王。猛烈な吹雪でひとを死にいたらしめる。殺戮や虐殺、蹂躙に処刑を愉しむ冷酷無慈悲な断罪者。天使のような笑顔でひとを害している。一緒だ。悪魔のような、でも、違う。


「大丈夫。任せて」


「ひぃ、やめ、て、助け……っ誰か」


「すぐ……殺してあげる」


「サイ!」


 冷たい氷の笑みで男に笑いかけ、男を処刑する為にまた手を伸ばしたサイの腕を捕まえる手がひとつあった。


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