突撃じゃー!!


「ここは?」


「お兄様の私室ですわ」


「火急の用でないなら控えよ。今」


 今は準備で各々忙しい筈。と、言いかけたサイの言葉を遮るようにルィルシエが断りもなく戸を開けて中に突入していった。室内から驚く声やお叱りの声が聞こえてきたのでサイは頭を抱える。見事にアレなひとが揃っているようだ、というので逃げたくなった。


 しかし、ここで逃げてはいろいろと面倒臭いことになりそうだからとなんとか自分を納得させてサイは部屋に入った。室内の光景はまあ、予想に違わないものだった。


 両腕になにか、木簡による文っぽいものを抱いたココリエ。片腕に仕事の木簡を抱いたセツキがガミガミとお説教をしている。お説教されているのは先ほど部屋に突入していった間違い勇者ルィルシエ。部屋の中を見てサイは追加で頭痛を覚えた。


「あ」


「む?」


 サイが部屋の惨状、ある意味惨状にぐったりしていると声が聞こえてきた。


 なにかに気づいたような声。聞こえた方向に目を向けるとココリエが大急ぎで腕に抱えていた文を屑籠に突っ込んでいるところだった。なんの文かは知れないが、なんとなくウッペの木簡と材質が違う気がして、サイが注視していると、ココリエが咳払いした。


「おほん。えーっと、サイ、どうした?」


「己がどうした」


「な、なにがだ?」


「あからさまにおかしい。脳死か?」


「……。サイ? あの、ちょっと訊くが、そなたはどうしてそんなに失敬なのだ?」


「ふむ。故に通常運転である」


 がくっ、とココリエがこける真似をした。


 失敬であることが通常運転であるとするのはかなりどうかと思うが、まあ、サイなので仕方がない。無礼失礼なにそれ美味いの? で運転している娘だ。


 ココリエの思考もだいぶ失礼だが、サイは別にどうでもいいことなので咎めない。基本的にサイは細かいことを気にしない。とってもおとこらしい性格なのだ。


 そのせいで、サイ当人はまったくちっともこれっぽっちも自覚していないが、こないだもすさまじい事件だった。


 数日前のことだ。朝議の席での一幕。報告、連絡項をセツキが読みあげ、ファバルがひとつずつ指示をだし、体調を崩した書記官の代わりにサイが書記をしていた時だ。


 資源豊かな北東の集落ジン。ここの石切り場が老朽化していて危ない、と報告。と、南の集落ハナヒラで養蜂が芳しくないので新しい花の種を仕入れてほしい、と報告。だが、予算には限りがあるのでこのふたつに限ってはどちらかを優先し、片方を待たせる。


 そう、セツキがファバルに提案した。どちらか、と言ったがどちらともなく必然的に片方が急ぐ。石切り場は作業者の命が懸かっている。早急に対処が必要だ。


 なのに、ファバルはなぜか養蜂を優先しようとしやがったので、セツキが首を傾げ、口を開きかけた。のだが、それより早くサイがファバルの考えを口にした。


 どうせ、ルィルシエのご機嫌取りに蜂蜜バイライが必要なだけだ、と。セツキはどういう無礼、と叱ろうとしたが、一瞬だけしたファバルが図星、という顔をしたので思わず呆けた。


 その隙に、同じようファバルの表情から心の内を読んでいたサイが痛烈な一言を放ちなさった。遠慮も躊躇も配慮もなにひとつとしてなく彼女は心から思ったことをファバルにぶつけて朝議の場を凍らせた。


 「こいつ、バカだ」……と。一国の王に向かってバカ、と言いなさったサイ。


 全力で叫んだサイはもしかしたら治るかも、と言いつつ、何気に楽しそうにファバルへ報告書を全力投げ。あまりにもバカ丸だしであった王に助けの舟はでず、ファバルは顔に木簡が連続ヒット。鼻血が飛び散った辺りでようやくセツキが復活してファバルを助け……ず、叱った。


 鼻血だが流血中の王を正座させて叱る鷹。さらに木簡を投じようとしているサイをケンゴクとココリエがふたりがかりでなんとか止め、その先の書記は危険だからというのでココリエが代わった。サイの手元に適度に硬くてちょっと投げた程度で壊れないものがあるのは危ねえ。


 ココリエが代わったあとの朝議は実に微妙な空気で行われた。サイは堅い仕事から解放されてのんびり欠伸していたし、ファバルは鼻血の処置に鼻へチリ紙を詰めていた。セツキは朝議のあとに改めて説教しよう、というのが見え見えな殺気立ちぶりだった。


 悲惨も悲惨でかなりのアレだった。サイのことをあまりよく知らなかった他の官職者たちもこの日サイのことを知り、ついでに認識を構築した。触るな危険、と。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る