ちっちっ舌打ち悪魔


「で、なにを持っていた?」


「え。い、いや、その……なんでもない」


「? ……ふむ。まあ、どうでもいいが」


 サイのどうでもいい発言にココリエはついほっと息をついた。サイはココリエの一息を不思議がったが、つつかなかった。それよりは隣のガミガミをちらり。


 ルィルシエが涙目になっている。セツキは冷静な表情に青筋を立てている。かなりお怒りチックなセツキをつつくのは阿呆の所業、と思ったが一応サイはつつく。


「いつでるのか」


「もうすぐ荷を積み終わります」


「いく者は?」


「代表にココリエ様。補佐に私。護衛にケンゴクとあなたを組んでいます」


は居残り、ということでよいのか」


 それ、と言いながらサイが顎で示したのはルィルシエ王女。サイの居残ってくれたら万々歳という気配が伝わり、ルィルシエは抗議しようとしたが、セツキに睨まれて縮こまった。今、声をあげたら確実に居残らされる。


 先ほど声をかけずに戸を開けたことをセツキははしたない、と窘め、由緒あるウッペ王族の血を引く御方がなんという無礼を、とかあとはそんな作法もないのではとても外にだせません、とか言っていたばかりだったのでサイはちょっと期待していた。


 普段からルィルシエは部屋が近所なのでよく面倒を押しつ……もとい世話を焼くように、と言われている身としては余所へいくにあたりこんなお転婆をあまり連れていきたくない。でかけるだけでも大仕事で疲れるのになぜわざとそんな疲労を背負う必要が?


 なーんてひどいことを考えていた。うん。これぞまさしくサイの平常運転。


「ルィルシエ様も十二。そろそろいざの際に帝都へ参じる準備をしなければならない歳頃となられました」


「結論は?」


「今後無作法をしない為にもいくべきかと」


「ちっ」


「……サイ、あなた今舌打ちしましたね?」


「忘れた。アホ王女の荷は誰に渡す?」


 堂々とセツキを真正面から見て忘れたと言ったサイの度胸には勲章を贈ってもいいかもしれない。なんて、アホなことを思うほどサイの阿呆は今日も徹底されている。


 たまには忘れてまともな言動を繰りだしてくれ、と思いこそするが、んなもんサイがサイである限りありえない。徹底されてアホの品質を保っているからこそサイはサイ、本人曰く悪魔である。ココリエは咎めるが、サイは今もまだ自分を悪魔だと思っている。


 絶対に忘れてはならない罪がある。殺してきた罪、死なせてしまった罪。様々な罪がサイをサイたらしめている。サイがサイで在り続ける為にはまだ悪魔の称号が必要だと理解を示してココリエはあまり口うるさく言わないでいてくれるのでサイは口にはださないが感謝していた。


「外でケンゴクが支度をしています。渡せばきちんと積んでくれます」


「どの車か」


「どのもなにもなく一台だけです」


 セツキの回答にサイははてな。首を傾げてサイは自らの中にある疑問を口にする。


「大荷物、と聞いていたが?」


「大きな荷は先んじて送ってあります」


「……酒、か」


「はい。残りの献上品は細々したものだけですし、車一台で充分に余裕があります」


 それは残念、とばかりサイは肩をあげて落とした。車に余裕がなければルィルシエを置いていける、とまだ画策していたらしい。さらには、あわよくば自分のことも置いていってくれないかなー、とか思っていたりしていたり。理由はひとつ、面倒臭いから。


 以前いた世界でサイはたまの休日を拠点の空き家ですごしていた。


 不用意にでかけると必ず不幸な大事故に出会ったり、サイより小物だが賞金首に出会ったり。それ以外にもあれやこれやがあってサイは確実にインドア派に。


 でかけることイコール疲れる。でかけないことイコール気楽。そんな、十代の若者としてヤバい方程式をつくっているサイはこのが決まった時、全力で抵抗した。


 実際には遠足などと軽いものではない、とセツキが何度も言い聞かせたがサイは聞こえていないのか、聞く気がないのか……。御目通りの為に帝都へ上京する話がでた時、真っ先に自分はいかないと拒否ってきなさった。


 ……おかしいですね。不本意で就かされたとしても王子の側近ともあろうひとがいかないって。主君に、上司にひとりでいってこい、とかありえない発言だ。


「あなたの荷はどうしました?」


「……ちっ」


「サイ? あなた、まだ駄々をこねる気で」


「……。つくればいいのだろう、つくれば。阿呆王女のように時間はかからぬ」


「待ちなさい、サイ。口が悪いですよ。きちんとルィルシエ王女、と」


 ピシャ。サイはセツキの説教を聞く気がミジンコ一匹分もない。セツキが待て、と言った時にはもうすでに部屋をでていたし、戸を閉めていた。サイの態度にセツキは端整な唇をひくひくさせていたが、ため息を吐いていつものように諦めた。不毛なこと、と自身に言い聞かせて。


 そんなセツキの視界の端で動くものをセツキは冷静に捕まえる。サイのことで気を散らしている隙に逃げようとしていたルィルシエが捕まって悲鳴をあげた。うぴゃあ、と言った少女に鷹は微妙な顔。いや、顔のつくりは完璧でかなり整った美貌だが、部品は微妙な感情をつくる。


 変な声をだしなさった王女に変な気分にさせられた、といったところ。その変な顔のままでセツキはルィルシエを自分の正面に据えて咳払いし、また、懇々とお説教を開始した。セツキとルィルシエを隣に見ながらココリエは自分の支度を終えていく。


 父ファバルがいつの間にか注文していた正装を丁寧に畳んで鞄に詰めたココリエはセツキの邪魔をしないようにしながら途中、屑籠を抱えてこっそり部屋をでていく。


 回廊で青年はほっと息を吐く。腕に鞄。手に屑籠という格好でいるココリエは他の者に見られる前に移動する。すると、玄関で知った姿を見つけてギクッとした。


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