そういえば……
「お兄様のお支度は」
「アレは己と違う」
「サイ、お兄様はサイの直属上司……」
「だから?」
「……。いえ、なんでもありません」
おかしいね。直属の上司である筈なのにアレ呼ばわりするなんて満場一致するくらい変だね。けどね、ルィルシエも賢明なのでそれ以上には言わなかった。
時間を無駄に浪費してサイの不機嫌に障るような真似をするのは阿呆の試みと理解している。していますとも。
なので、代わりにルィルシエはサイの腕に自分の腕を絡めて甘えることにした。サイは鬱陶しそうにしているが、振り払おうとはしない。少女に言って聞かせるのは糠に釘だと知れている。ここ二、三ヵ月の間で知っていた。変な根性を持っているコ、なのだ。
「帝都に着いたら一緒にお買い物を」
「せぬ。
「ケンゴクなんて連れて歩いていたら目立って恥ずかしいですわっサイがいいです」
「異国人の方が目立とう」
「大丈夫ですわ。サイは絶世の美女ですし」
「イミフ」
サイの美貌。透き通った綺麗な白い肌に淡い血の色が乗って人形のような美しさをかろうじてひとにしている。神々しい美しさを持つ女性なのに、戦士職に就いている驚き。この細さでどうやってひとを殺めるのかルィルシエはわりと疑問に思っていた。
だが、戦績はかなりのものだ。メトレット、センジュ。この大きな戦で彼女は大暴れ、と言うと違うかもしれないが、戦場を引っ搔きまわした。いや、むしろ、戦地を陥没させる勢いで暴れた。メトレット戦は王と三男を仕留め、センジュ戦ではカグラ王を仕留める場を整えた。
センジュのカグラ。戦国では名の知れた戦士。戦場にて柱となれる力を持ったひと。サイに向けられた憎悪と殺意は恐ろしかったが、それでも所詮人間でしかなかった。
人間如きの殺意で悪魔は仕留められない。ばかりか逆にその殺意こそが決定的な隙を与え、彼に死を呼んだ。
「そういえば、ユイトキ王とはそれ以降どうなりましたか? たしか、定期的に文が」
「来てもどうせ私の手には届かぬ」
「? サイ宛の文がどうして」
「知らぬ。が、ココリエが読むな、寄越せ、と言ったのだから行方などココリエに訊けばいい」
「お兄様が、奪った、のですか?」
「その言い方だと強奪したみたいだ」
言い方なんてどうでもいい。問題は、ココリエが奪った、という点だ。
ルィルシエが言っているのはサイが仕事でもらった文ではない。個人的に、私的にもらったもののことを指している。サイが、センジュの新王ユイトキにもらったもの。
サイとユイトキが一時噂になったことがあり、ルィルシエはそれ関連の文だと思っていた。サイに恋を、愛を謳った文を送っているのだと。なのに、サイは読んでいない。
おかしなことだ。相当におかしなことだ。仕事の文ならばいざ知らず私的な文を没収されてさらにはそれに対して怒り不満憤りをまったく覚えないの、なして?
「あの、だって、その文ってもうかなり」
「ふむ。十数はきていような」
「ひとつも、見ていない、のですか?」
「うむ。開けてみてやってもいいのだが、毎度邪魔が入るのでもう面倒臭い。なにを言ってきているのか気にならぬでもないが、最近は来ないのでどうでもいい」
「サイ、あなたすごく残酷なことをしていますが、そのことに気づいていますか?」
「イミフ」
意味不明なのはサイの方だ。自分に宛てて届けられている文に興味を持たないばかりか最近来ていないなーってことに今頃気づくってのもどうかと思う。
女性として超残念な様を見てしまったルィルシエはサイに教えるかどうか迷ったが、確認してからにしよう、と思って押し込め、サイの腕を捕まえたまま先を急いだ。
急かされるサイはイミフ、と瞳に書いているがルィルシエは構わない。サイの疑問よりも不思議解決を急ぐ為に自分の部屋がある一階から階段をあがり、二階の廊下に。さらに進んでいく。やがて廊下から回廊に抜け、とある部屋の前へ足を向けた。
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