その真偽を問いたい!
「サイ、ユイトキ王と逢引をしたのは事実ですか?」
「……はあ」
朝から何度目だろ、と考えかけてやめておいた女はそれでもついついため息を吐いてしまう。
朝からみなさん暇でよござんすな、とか無駄思考はするがそれは現実逃避の為に必要なのだ。
すると、女の、サイのため息をなにか勘違いした様子。目の前の暇人が興奮して顔を寄せる。サイは当然避けてついでに相手の顔を掴まえグイっと腕を伸ばして遠ざける。
これに暇人ナンバーもう何番か何人目かすらわからんさんはむぐぎゅ、と潰れた悲鳴で抗議。
しかし、そんなことでサイが加減するわけなく。さらに力を入れて向こうの方に追いやった。
「仕事中である」
「いつ終わりますか?」
「終わっても話すことはなにもない」
「そんな! サイ、殺生ですわ!」
「イミフ。お前はクソつまらんお勉強をしろ」
かなり、いつになく強い「イミフ」だった。
なのに、相手は、ルィルシエはまるで怯んだようになくさらにサイへ詰めよろうとした。その根性にだけは賞状景品を送ってやる、とか思いながらサイはルィルシエを躱して立ちあがる。躱されて王女はつんのめり、顔からこけて額を低い仕事机に強かにぶつけまして。はい、悶絶。
ひどい痛みに悶えているルィルシエを放置してサイは執務室の主、ココリエに自分がした仕事を渡す。ココリエは妹の痛みを憐れんで見ていたが、目の前にサイが来てドキリとした。いつ見ても綺麗な女、というのと今、城どころか国中で噂になっていることについて気になって。
「なにか」
「え、あ、いや……」
視線を疑問に思ったサイのいつも通りの言葉にココリエは言葉を濁す。噂話について訊いてみたい気持ちはある。だけどそれでサイの機嫌を損ねる真似はしたくない。
はじめに聞いた時は飲んでいた茶を噴いてしまい、サイとセツキにこってりと叱られた。汚い、とか乱れぬ心をお持ちください、とかだったが「そんなの無理だ!」と言ってやりたかった。その時は聞いたことがあまりに衝撃的だったのと鼻に入った茶に噎せて反論できなかった。
ウッペの傭兵がセンジュの王とよい仲になっている、とかふたりが恋人たちのいきつけ茶店で逢引していた、とか噂の内容はそんな感じだった。それだけだったらココリエも「なにをバカな」と流せたが、噂を持ってきたのがセツキだったこととサイが認めたことが衝撃的だった。
まあ、認めた、といってもサイが認めたのはユイトキとふたりででかけたことと茶屋で一服したことくらいだ。
彼女はそこが恋人たちいきつけであることも知らず、そもそも恋人ってなに? という度合いだったので当然セツキに、王とよい仲とはいいご身分ですね言われてもイミフ状態であった。
「その、サイ?」
「む?」
「えーっと、そう、そんなに邪険にしなくても、な? ちょっと教えてやるくらいいいじゃないか……と思ったり思わなかったりなのだがそのあの、いえ、なんでも」
ココリエが教えてやっても、と言った瞬間、サイの瞳が凍りついた。彼女が思っていることが手に取るようにわかる。今もうすでに面倒臭いことになっているのにそれをなぜ城の放送局に告知してやらねばならない阿呆、とかそんな感じのことを考えている。多分おそらくきっと。
なので、ココリエはサイに冷たく切られる前になんでもない、と言い逃げておいた。そしてさらに防壁代わりとしてサイが仕上げてくれた仕事を確認する。この一ヵ月半でサイの漢字能力はままあがった。が、まだ
なので、まだココリエが監督者を務めている。ついでに仕事を手伝わせてココリエの負担を軽減する狙いもあるので当面の間、サイはココリエと一緒にいることになる。
なのに、浮ついた噂が囁かれていては、ココリエもサイも仕事に集中できない。いや、サイはまったくどーでもいい、みたいに無視しているが、問題はココリエだった。
気になって気になって……。そのせいでココリエは最近不眠気味。サイが仕事を手伝ってくれるお陰で夜間ゆっくり休めるようになったのに、そのサイのことが気になって眠れない日々を送っていた。なんとか眠ろうと試みるのだが、その度にサイの顔が浮かんできてならない。
「サイ、お仕事終わりですか?」
「失せろ、浮かれバカ王女」
「ひどいですぅ」
ひどい、と言うわりにルィルシエは落ち込まないし怯まない。いつも、セツキが相手だったら違うのに。彼のお説教で精神がすられた、とココリエに泣きつきに来るのにどうしてサイの暴言は平気なのだろう? と、いうのがウッペ城いくつかの謎でついでに不思議だったりする。
サイの暴言の方が万倍くらい威力がある筈。なのに、なんでルィルシエ王女平気なの? どうして無駄に無意味に暴言を喰らいに向かっていくの? 意味ワカラーン。
「サイ、ユイトキ様と」
「しまいにはしばくぞ」
「教えてください! 気になって眠れません!」
「イミフ。己の睡眠になぜ影響するか説明せよ」
「だって、サイ、ルィルはサイが好きなんです」
「さらに深まってイミフ」
「幸せになってほしいじゃないですか。ユイトキ様とのことを本気でお考えでしたらわたくしからお父様におねが」
「してみろ。顔の原形を崩すぞ」
すさまじい脅し文句が飛んでいく。一国の王女になんてことを言うんだろう、この傭兵さん。
だがまあ、仕方ない。サイの琴線をわざと触りにいっているルィルシエが悪い。ルィルシエに悪意はないがそれが逆に始末悪いので困ったことだ。サイも突然殴ったりしないだろうが、見るからにイライラしている。
これはそのうち、というか近いところでぶち切れてルィルシエの顔面崩壊が現実になりそう。
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