王女から王子にみっしょん


「サイ、気にしていないと思ったのだが」


「……。気にはならぬ。だが、騒がれるのは嫌いだ」


「あの、えーっと、サイ? それはユイトキに酷なんじゃないか? そんな、瑣末の出来事み」


「犬の糞が路上でどうなるか、気になるか?」


「……。ルィル、残念だが、そういう感じだ」


 このままではルィルシエの顔が大変なことになると思ったココリエが助け船をだしたのだが、そのせいで遠いユイトキに打撃を与える言葉を引きだしてしまった。


 サイはユイトキのことなど気にしていない。ただ、騒がれるのがすごく不快で不愉快。ユイトキとのことなど犬の糞並みにどうでもいいらしい。サイはあまりそういうつもりがあって言っていないだろうがかなりひどい。てゆうか、ひとの好意を女が犬の糞と呼ぶのはどうなんだ?


「……問題!」


「あ?」


「サイは誰とお付き合いしたいでしょーか?」


 ……。


 無視された。ルィルシエの作戦は残念なことにあまりにもアレすぎてアレな結果を呼び寄せ、かなりアレなふうだったのはそうだがアレがアレして結局無視られた。


 この結末にルィルシエははじめこそ笑顔を保っていたがやがて涙腺が決壊してわざとらしくしくしくしはじめた。しかし、それで構ってもらえるほど世の中は甘くないし、構うという選択肢が生まれないくらいサイも甘くない。彼女の中の成分はどっちかというと激辛が激強含有。


「ルィル、勉強してこい。時間の無駄で荷が重い」


 サイから真実とか偽造を聞きだすのにルィルシエでは荷が重い。というか、とうてー不可能。


 そんな無駄を応援してやるココリエではない。そんなことしたらセツキになにを言われるかわかったものではないし、転がり次第でサイにも嫌われるかもしれない。


 サイに嫌われる。そう考えて、ココリエは考えただけで胃が痛くなった。だけでなく、胸が痛くなった。心臓のある辺りに鋭い痛みが走っていったのだ。……なぜ?


「では、お兄様、託しました」


「いや、やめてくれ。殺される」


 ホントに。サイはやると言ったらやる女だ。いつだって彼女は有言実行だし、暴力暴言も平気で繰りだす。いっそのこと、まわりの方がひやっとするくらい。


 この間などあろうことかファバルに「極まって気持ち悪いこのバカ親父」とか、言っていた。


 普通だったらありえない。いや、異常事態であってもありえないでくれ、んなふざけた状況。


 その時はなんだったか、ルィルシエの勉強についてだったか。未来に必要なことだがあまり多いのは可哀想だから手伝ってやりたい。国の仕事とかどうでもいいからそっちのけておいてでもお手伝いをしたい、とかなんとかだった筈だ。これは、結論を言うとファバルが悪かった。


 あまりにもバカっぽい発言をしてしまった。


 当人にバカを言った自覚が残念ながらあまりなかったのでその時はセツキにちょっときつめに説教してもらうようにお願いしたココリエである。サイはずっと瞳にこう書いていた。「マジキモい。ドン引きするわ」……と。


「では、セツキに頼んで真相究明を」


「あ、っと気が変わった。死なぬ程度に訊いてみる」


 なんか、サイが来てからルィルシエはちょっと悪しき方に向かっている気がする。昔はこんなことで兄を脅すようなコじゃなかったのに。いや、脅しじゃな……いや、間接的に脅しだ。


 セツキにルィルシエが真相究明を頼む。サイがくだらないことで尋問にあう。仕事が溜まって業務妨害。サイはイライラ。するとあら? 不思議なことに殺人事件発生。


 誰が死ぬかはサイの気分の低迷具合とそんな時、通りすがった不運なひとが誰か、で決まる。


 一番可能性が高いのは普段から遠慮が要らないケンゴク辺りだが、彼に今そんな状況をつくるのは酷。ただでさえ故郷が滅んだのに。そこにサイのイライラ地雷を踏んだぽっちなことでKOROSHIが起こったら憐れ、というかもうお悔やみでなにを言っていいやらわからない。


「では、夕餉の時に話を聞かせてください」


「う、うぅーん、あまり期待しな」


「ふわー、サイが恋愛。サイが玉の輿……ふふふ」


 聞いていない。あまり期待はしないでほしい、と予防線を張っておきたかったココリエだがルィルシエは妄想世界に入って弛緩した顔でココリエの執務室をでていった。


 執務室に落ちる沈黙。サイは当然聞こえていたようでココリエがなにか言いだしたら即行殴って黙らせる気満々で構えている。なんだろう、この気分は、とココリエ。


 まるで絞首刑の縄が首にかかっているのに不安定な足場で踊っている気分。言い替えると火薬ばかり集めた爆薬庫で酔ってファイアダンスをしている気分だ。


「サイ」


「なにか」


「大丈夫か?」


 仕事を終えて一息ついているサイにココリエはとりあえずを問うた。大丈夫か、とサイの身を、心を案じた。ユイトキとのことを根掘り葉掘り訊いてくるとばかり思っていたサイはココリエの心配に瞳を揺らした。


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