それはとても珍しい姿
城の一階。中庭に美しい姿ひとつ。サイだ。
ただ彼女は普段の彼女らしからぬ姿でそこに在った。
まず第一に、いつもしゃんとあげている頭を垂れて両腕で抱えた膝の上に置いている。
そこはココリエやセツキ、ケンゴクなどの高官や王族の者が気に入って鍛練に使う修練場だ。
庭の中央から少しずれた場所に置かれている大岩の上にサイは座って項垂れていた。どうやらかなり深く落ち込んでいる、というのが伝わってきてココリエは面食らう。
あのサイが、ココリエよりもずっとずっと強く、精神面も強かである女戦士がどうして……?
「……」
中庭は静か。人間がふたりいるのにそこにはなんの音もない。あって風の音が少しする程度。
サイのことだ。ココリエがいるのはわかっているだろうと思うのに、いつもだったらココリエが声をかける前に声をかけてくるのに。今日に限っては黙ったままだ。
まるで「構わないでほしい」との意思表示。
なのに、どうしてかココリエは違和感を覚える。
サイの纏う空気はとても悲しそうでどことなく構ってほしそうな雰囲気。放っておかないでほしいと思っている。だが、表面にでている空気は放っておけ、である。
ココリエは父の言うことを聞いてすぐに追いかけてよかったと思った。これはルィルシエ辺りが見つけては大騒ぎしてサイは気がささくれてしまうかもしれなかった。
「サイ」
「……」
無言。いつもだったら「む?」とか、「なにか」とかくらいは言うのになにも言わない。それだけ心に負荷がかかっている様が見て取れてココリエはサイに何事が起こったのだろうと思い、サイに近づいて岩の前に立った。サイはそれでも反応しない。ひとり、孤独に膝を抱えている。
「サイ、隣、よいか?」
「……」
返事はない。だが、代わりにサイは小さく頷いた。と思うことにしたココリエはサイの隣にのぼる。岩に腰かけると雨に打たれて冷たくなった岩のひやっとした温度が尻を虐めてきた。まあ、それでどうこうなることはないが、あまり長く腰かけていては体も冷えてしまいそうだ。
雨はあがっているが一度冷やされた気温は陽の光があってもなかなか戻らない。雨が降っていたのはほんの一刻ほどだったが、サイは帰りの道で雨に降られたのか、髪の毛が濡れている。雑に水気を取ってはある。しかし、よく見ると湿っているので雨に打たれて帰ったのだろう。
知らない敵国に偵察にいったのがそんなに堪えた、もしくはなにか辛いことが起こったのか。
いろいろと可能性はある。サイは異国人の色を持っているし、奇異の視線を浴びるような装飾品もつけている。なにより身に纏う空気が異質だ。常人では持ちえない気を持っている。平和な世界でのんびり生きていない、殺伐として清らかで、冷たく淋しい孤独世界に在る女戦士。
でも、腑に落ちない。そんな奇異の視線は普段城下町を視察する時でも浴びている筈なのに。
それで落ち込んでいるとは思えない。ならなんだ、と考える王子の隣でサイが身じろぎした。
「ココリエ」
「どうした、サイ? なにがあった?」
「ん。少し困った、だ」
「……少し、か」
ココリエの復唱にサイは顔をあげた。女戦士の銀色の瞳に浮かぶ苦痛と懊悩。悲しげな、目。
少し困ったと言ってサイは続けた。
「うむ。だから、面倒など放置せよ。暇はあるまい」
「いや、ちょうど暇ができたところなのだ。よかったら話してくれないか? サイがそんなことでは士気に関わる」
「……そうか」
ココリエは敢えてサイを心配している、とは言わないでおいた。言えばサイは絶対気にする。
ココリエが、王子がわざに時間を割いてくれたと思ってしまってはサイはそっちでも悩んでしまう。今もうすでにかなり深く悩んで落ち込んでいるサイを追い討てない。
だから、ココリエは士気に関わる、と言い訳。
サイはココリエのへたくそな言い訳に気づいているだろうが、今はその彼女が苦しんでいる。
早く助けてやりたいと逸りそうになる心を落ち着け、ココリエはサイを優しく促すように見つめた。本当は肩を抱いて傾きかけている女を優しく支えてやりたかったがそんなことをすれば場合で殴られる。本当に触れられることが大嫌いでひとの温度を彼女は嫌悪している、から。
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