悪魔さんのこまった
「……ユイトキに、好きだ、結婚してくれ、さらには愛している、などと、その……言われた」
「……え?」
「なぜかは知れぬ。当たりどころが相当に悪かったのかもしれぬがなぜかアレは私を好きだと」
「ちょ、待て、サイ。それはさすがの余も予想外だ。えっと、え? な、なにがどうしてその、ユイトキに好き、だなどと言われるような事態になったのだ?」
「知らぬ。イミフでキモいしイミフにキショい」
とんでもない連携攻撃です。暴言が連なって重なるとこうなるのか、と思ってしまうココリエは完全に現実逃避。サイがあまりに落ち込んでいるのでなにかと思ったが、まさか色恋沙汰で、とは予想外すぎる。あとは本当になにがどうしてそうなった感が満載されていらっしゃる。
これは荷が重い、とココリエはつい思ってしまったが一度訊いて、聞いてしまったからには向きあうべきだ。
義務感とサイへの責任感でココリエは「そういった手の相談は父上の方が……」と言いかけた口をきゅっと結んでからサイに向き直った。ココリエが逃げないことにサイはほっと安堵して見えた。普段は表情なく、無感情にすらうつる彼女だが、実際は不意に感情を零すこと多々。
なので、たまにルィルシエ以上にこどものように拗ねたり怒ったりなので、セツキもサイはへたな大人よりずっとというか「かなり」性質が悪いと言ってぼやいていた。
説教の種をそこら中にまいているサイに悪気がないのでセツキは怒るに怒れない、なんてこともあったりなかったり。だから余計に、ふたりは性質不一致が理由でぶつかってしまう。間にはさまれることが多いファバルやケンゴクはセツキの説教理由以上にサイの純さに参るそう。
本当に悪気がない、知らないでやっている。本人は悪いことだ、と言われてはじめて知ったことがほとんど、だったりするので、どうやって反省したらいいのかサイにはわからない。わからないことを一から教える、となれば相応の労力と気力と体力を使う。もう、すれるほどに。
他に仕事はいっぱいある。サイに説教する為、無意味に労力と気力などを使うのはアホ臭い。
そんなこんなでサイは放置、もとい「仕方ないなー」という理由でセツキから解放されていることがわりとある。
セツキも最初は粘るが、序盤はまだしも中盤辺りで疲れてきてしまうのだ。それでなくても王の政を補佐をしている身で忙しい。ウッペ城で最も多忙な男である。
サイがアホなままなのは我慢ならないが、それ以上に仕事が滞ってしまうのは許し難い。なので仕方なく無罪放免に処す。そういう場合、サイはあとでこっそりココリエとかたまにココリエがあいていない時はルィルシエに訊くこともある。こどものように。なぜ、怒られる? と。
今までサイは咎めらしい咎めを受けたことがない。少なくともサイに非のある咎めはない。
生まれた家でサイはずっと怒られていた。生きていることを咎められて理不尽に貶された。外の世界を、光の溢れる世界を知らず、常識に触れることもなく育ったのだそうだ。だからなのか世間一般に常識であることがサイには普通なのか普通じゃないことなのか判断がつかない。
そんなことがあるという。サイは今まで常識の外で生きていた。闇の世界でそこに転がる当たり前だけを頼りに生きてきた。だから、普通の人間がどう生きているのかわからないのだそうだ。変なことだ、とココリエは最初こそ思った。しかし、サイの行動を見て知ってしまった。
サイは本当に普通に触れる機会なく育ってしまった。体は大人のものでも心は、精神は、知識はこどものままなのだ。こどものまま成長の機会を逸してきた。教えてくれる親切な賢者はなく、彼女は光世界から摘まみだされたばかりでなく、人間的な生活からも弾かれてしまった。
「なにか、きっかけはあったのか?」
「思い当れば悩まぬ。とりあえず、キツルキ襲撃を詫びようとしてきたので殴って、叱ったが」
「詫びる?」
「キツルキに知りあいがいた、と言ってしまった」
「ああ、なるほど。親戚を殺したと思ってユイトキは悪いことをした、と思ったということか?」
「ん。詫びるなどと阿呆だ。死者は戻ってこない。悔いられるなどと侮辱もいいところだ。だから、戦士の理を教えてやった。それからふたりになって、そしたら急に」
急にユイトキが愛を囁いてきた、ということが言いたいのだろうが、サイは恥ずかしがった。
ココリエがまとめようとするのもいやがってなんなら、そんなことをするならしばく、と言いだしそうな殺気を含んだ目でココリエを見てきたので王子は触れなかった。
ただ、サイが言ってくれた経緯だけでなんとなくユイトキの心の動きを察することはできた。
サイは、とても美しい。一目惚れは健全な男の正常な反応だ。サイにその気は皆無だったのは知れたこと。問題はユイトキがサイの反応鈍さをたんなる照れだと思ってしまっている点だ。男はサイに見惚れ、サイの強さに惚れ込み、正常な判断能力を狂わされて、サイに熱をあげた。
サイは美しいし綺麗だし、ココリエもいい女だと思っている。しかし、サイの無愛想を間違って受け取り勘違いしたばかりか、サイに好きだ、愛しているとはいきなりぶっ飛びすぎている。サイからすれば突然見知らぬ男に言い寄られたに同じ。いや、そのものだ。だから困った。
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