王のまとめに追加で重要報告


「キツルキの血臭に誘われた獣がカゼツツを襲っていたということでいいか? それをそなたが駆除した。素手で」


「うむ」


 素手、を強調したファバルにしかしサイは一切反応せず、普通にいつも通り一言返事をした。


 サイの返答を聞いてファバルはゾッとすると同時に胸に誓った。この娘、サイを悪戯に怒らせる真似はしないでおこう、と。さもなくば、あんな戦国の化け物を仕留めた拳骨が振るわれたら即死する自信がある。威力のほどは正直考えたくないが、かなりの超級破壊力。……死ぬ。


 サイを怒らせて拳骨を喰らったら挽き肉街道まっしぐらで人間としての原形がなくなる可能性極大。ファバルはもう一個誓っておく。へたな冗談も今後は禁止だな、と。


 サイの怒りに触れるな令を明日にでも緊急発信しようと思っているファバルのひきつり笑いなどないかのようにサイは次の報告に移った。カゼツツの叛乱よりもこっちの方が重要項であり、緊急性が高い。


「ユイトキに接触できた」


「! ホントか!?」


「細かい点は端折るが三日後、フォロから東西南北各方面に離れた集落に襲撃をかけ、本隊が本命の獲物エンジ関を落とすそうだ。こっちは早急に対応が要る」


 サイの言葉に一番に反応したのはセツキだった。


 ウッペ武将頭は海外から来た女戦士をまっすぐに見つめてより詳しい情報を聞きたがった。


「サイ、襲撃予定地は?」


「テンエン、ジン、イトガマ、シラシ。一斉同時攻撃と言っていたからなにかしら合図があると思われる。近くの砦が浮足立って出陣したところで、手薄になる予定のエンジを一気に攻め落とすそうだ。なんでも、重要な戦の補給拠点だから、とかなんとか言っていたが、事実か?」


 サイの疑問。いつもだったらそれくらいなぜ知らないのですか、とかなんとか説教をはじめるところだが、あまりにも重大な情報を拾ってきたことに価値を見てセツキは説教ではなく説明の口を開いた。


「そうですね。他の国が相手ならまだなんとかなりますが、センジュを相手にするとなるとエンジを落とされるのは困ります。補給点を潰されては支援物資の運搬、もっと重要なことを言うと増援を送ることもならなくなり」


「孤立すればどのような国も、どんな戦士も」


「はい。最悪の末路をたどるかと」


 セツキが考えている最悪末路は自軍の敗北と兵の死。


 それを回避するにはまず……。


「ふむふむ。なるほどなぁ、さすがカグラ王。戦国にそれなり名の通った智将、というわけだ」


 まずはエンジの戦力増強と砦の補強に着手するべき、と提案しかかっていたセツキの隣でファバルはなぜか笑っている。ウッペ王は相手国、センジュ王の知恵と戦術を讃えている。まあ、サイは智略戦云々については素人なので、どこがどうすごいかはわからないし、どうでもいい。


 今まで参戦してきた戦争もサイの実力で押し切れた。


 いつまでも通用しない、というのはわかっているサイはファバルの言葉に耳を澄ませる。どうも、ウッペ王にはなにか妙案があるらしい、というのを感じ取って。


「ここはひとつ陥落も手、だな」


「聖上、ご冗談はお控えください」


「いやいや、考えてもみろ」


 なにをだよ。とは室内満場一致の意見。だが、なぜかファバルは楽しげだ。関を、それも補給の重要拠点を落とさせる。というのは結構、だいぶ常軌を逸している。


 室内の微妙な空気をものともせず、ファバルは笑って続きを口にした。案はとても突拍子ないものだった。


「エンジの関を落とされてたちまち困らないだろう」


「困る、という話ではなかったか?」


「それはセンジュと持久戦をする場合の話だ」


「……なるほど。短期決戦の囮、か」


 サイはファバルの言いたいことを理解した。


 ファバルはユイトキが話してくれたカグラの策にギリギリを見極めて乗るつもりでいるのだ。


 センジュはウッペと違い、兵役へついてくれる者が少ない。そんな中で三十人ずつの部隊を四つ、と本隊をつくるとあっては、その作戦に使われる兵力は相当量。


 そんなことをすれば当然都や城は手薄になる。そこにウッペの主力を送り込めばどうなるか。


 先は阿呆でも想像できる。


 センジュ王都は陥落し、カグラが現場指揮にでないとしたら、難敵は戦国の柱である彼だけ。


 だったら、一応簡単な備えだけしておけばエンジは生贄にしてウッペの主力は堂々と侵攻できる。作戦が成功した、と喜んで帰ってきたセンジュの者は故郷の都で迎撃に遭うことになる。いや、戦闘になるかすら怪しい。ウッペはその時、すでに王手をかけているに等しいのだから。


「乗ってやるのもひとつの手だ」


「理解はする。だが、そうなると私は上物の得物が欲しい。なまくらでは私の非力にも耐えぬ」


「……。えー、そなたが非力というのは流すぞ? 得物に関しては必要ないのでは? 要るか?」


「あれば殺傷圏が広がるし、いろいろと便利だ。それと部分鎧の余りがあれば借りたいのだが」


「ああ、それに関してはセツキに頼んでいたところだ。喜べ、サイ。なんと特別授業を予定し」


「どうしよう反吐がでそうださようなら」


 ファバルの言った不吉な単語に悪寒しかしないサイはさようなら言って立とうとしたが、セツキが止めた。男はもう、なんというかめちゃくちゃいい顔をしておいでだ。


 あ、これはダメなパターンだ、とサイはますます逃げたそうにしたが、ここで逃げたらなにかとんでもない罰を喰らいそうな予感がする。それにセツキが逃がしてくれるなど蜂蜜バイライ並みに甘い考えだ。


 一度、甘党ルィルシエにすすめられて人生初の蜂の巣、蜂蜜バイライを食わされた。が、甘ったるくてならず、こっそり厠でおええぇ、と吐いたのはサイだけの内緒です。


 甘党のルィルシエに知られたら悲しまれる。だが、どうしてもサイは甘いものが苦手。無理。


 どちらかというと刺激物の方が好きだったりする。


 山葵もいけるし、唐辛子もそのまま齧れる。飴も薄荷とか、清涼感あるものが好き。眠気覚ましのタブレットをココリエにわけたことがある。彼は慣れない味と香り、清涼感に悶絶していた。しかし、お陰で目は覚めたらしくその後の仕事が捗っていたので気に入ってくれた様子。


「私が講師を務めます、サイ」


「絶対いやだ。クソ喰らえ」


「特別にみっちりしごいてあげましょう。なんといっても聖上直々の重要なご命令ですので?」


「クソったれたその笑顔に毒泥団子を喰らわせたい」


 すげえな。仮にも上官からの命令にこんな暴言って。サイの意味不明な度胸が時として怖いココリエだが、今日はなんだかいつも以上だ。いつもと違いサイは心が乱れでもしているのか暴言が普段より五割くらい増してかなり威力だ。まあ、だからとセツキが堪えるわけ、ないが。


 セツキはいい笑顔のままでサイに笑いかけつつこめかみは青筋でひくひくしている恐怖。きっとルィルシエだったら逃げだすこと間違いない恐ろしさにココリエも引く。


「……」


 なのに、サイは、いつもだったらセツキに平然とさらに暴言を重ねて気持ち悪いの進化形を言いそうだというのに今日はなぜか黙っている。セツキの言葉には毒舌を返しているが、誰も自分に注意を向けていない、と思っているのだろう瞬間、なにか、ひどく思い悩んで見えた。


 ひとりで偵察に向かって疲れてしまったのだろうか、とも思ったがなんとなく違う気がするココリエが訊こうとして口を開くもサイは疲れたから、みたいな態度でさっさとセツキの手を躱して部屋をでていく。セツキは文句げだったが、ファバルが宥めていたので任せていい筈だ。


「いってやれ、ココリエ。傭兵とはいえ部下を気遣うのも上に立つ者の大切な務めだから、な?」


「あ、はい。ありがとうございます」


 不満そうなセツキを宥めるファバルに背を押されてココリエは自分の部屋からでていき、サイの部屋をとりあえず覗いてみたが、予想通り、そこはもぬけの殻。


 サイがいきそうなところを考えてココリエは城を歩いてみる。彼女は基本的に静かな場所が好き、という情報を思いだして思いついた時にはそこに着いていた。


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