偵察の報告
「お、帰ったか、サイ」
「疲れたから寝る」
「どういう言い訳ですか。待ちなさい」
部屋に入ったまではよかったが、そこにいた先客たちにサイは頭痛を覚えて最低な言い訳で逃げようとした。しかし、サイの逃亡より客のひとりが取った行動が早い。
くるりとまわれ右して逃げようとしたサイの腕を捕まえる温度にサイは珍しく眉をひそめて、表情を変えて相手を睨む。だが、そんなことで逃がしてくれる男ではない。
サイに待てと言った男、ウッペ国武将頭セツキがサイの腕を捕まえて部屋に引き摺り込み、ケンゴクが入った戸を素早く閉めて退路を潰した。さらに、サイをまるで死刑囚が如く連行し、ココリエと彼の部屋に来ていた客たる王の前に正座させた。セツキの対応にファバルは苦笑い。
「セツキ、ちっとは労ってやれ」
「なにをですか。無断欠勤ですよ」
「こらこら、罪を捏造するな」
本当にな。サイは心の中で突っ込んでファバルに賛成しておく。口にだしてもよかったがそうするとまた要らん説教を生みだしてぶつけてきそうな、いやな予感がした。
ここは黙っておこう。決めてサイは視線を動かした。女戦士の視線の先でココリエは父親とセツキのやり取りに乾いた笑いを浮かべていたが、サイが見ていることに気づくと、いつものように笑ってくれた。優しい笑み。たったそれだけ。なのに、サイは堪らない気持ちになった。
「……ただいま」
「おかえり、サイ。ひとりで偵察などご苦労だったな。よかったら話を聞かせてもらえないか?」
「……ん」
ココリエの笑みにつられて零した「ただいま」に青年は一瞬虚を衝かれたよう、目を丸くしたがすぐにおかえりを言ってくれた。優しい声で唱えられた「おかえり」が心の柔らかいところを撫でていく。ココリエはサイの単独偵察を労い、収穫量は別にして話を聞きたいと言った。
これにサイは応える。まず、キツルキ集落を訪れた時、抱いた疑問となんとなくサイが想像している答を添える。
「集落は建物こそ壊れていたが、
「どうして、そう思った?」
「隣集落、カゼツツの頭たちの話を聞いた時になんとなくそうしたのではないか、と思った」
「同じウッペに属する集落の者ならいざ知らず、どうしてセンジュの者も手伝った、と?」
「勘」
ずこっとケンゴクが座ったまま器用にずっこけた。
サイの答がちょっとありえない次元でアホな珍回答だったせいだが、阿呆を言った自覚がないサイはケンゴクの反応を無視して続けた。女はある重大事項を王に報告。
「カゼツツはウッペ国に弓を引いている」
「ほう? ……その様子からして脅されどうこうではなさそうだな、サイ。理由は聞けたのか?」
「うむ」
「ああ、ま、そう簡単にわかるわけ、あるぇー?」
「どうした、ファバル。発狂したか」
「失礼ですよ、サイ」
サイの暴力的発言にセツキが突っ込んだ。
そのセツキの隣でファバルはサイの発言が予想外だったのか、びっくりしすぎて目が真ん丸状態である。他の者ならば動揺する王の驚きにサイは特になにも思わない。
淡々といつもの調子で、いや、いつもより若干暗い空気感で話していく。口調が重たいのを自覚し、それでも改善する方法がわからないのでサイはそのまま話す。
「当人たちが言っていた。カゼツツのまとめ役の片割れは元々センジュの出身だそうでユイトキとは幼馴染。協力を要請され、受けた。なんの利があったかは知らぬ」
「ふーむ、そうか。……で、それを聞きだすのになにか恩を売ったのか? あまりに帰ってこないからルィルが心配して勉強しない、サイを待つと言って聞かなくてな」
「それは己が甘やかしすぎて舐められているのだ」
「おっふ……。そ、そなた、ほんにきついな」
「恩、というほどのことはしていない。アレを、
「……サイ、耳がいつの間にかおかしくなったようだ。今さっき、そなた、なんと言った?」
サイの暴言攻撃でファバルが三分の一ほどくたばろうとも気にしないサイはなおも淡々と報告を続ける。が、サイが発した、言った、彼女がカゼツツの者に売った恩に部屋の男たちは揃って硬直し、代表としてココリエが訊ねた。聞き間違えだといいなー、など淡く期待しながら。
「?
「……えっと、サイ、そなたそんなものを仕留められる大物の得物を持って偵察にいったのか?」
「どこの次元に生きる阿呆だ、それは? 露骨な得物は怪しまれる。だいたいあの程度の獣、素手で充分だろ?」
「なにを基準にしてアレを素手で充分と思っているのかわからぬが、とてつもない誤解だぞ?」
ココリエの突っ込みにサイはいつもの無表情はてな。
サイの反応に部屋の男たちは危ないひとを見る目。ココリエは苦笑いだが、他の男たちはサイのありえない誤解にドン引きしている。
ふとして抱いた疑問はだが、発信されることはなかった。もしもやり方をミスったらその駆除された化け物のあとを追わされるかもしれない。くわばら、くわばら。
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