致命的自爆


「宿はあるか?」


「いや、このままもう少し先へ進む気だったが」


「できれば、ここに留まってもらいたい。間違ってもウッペの集落には近づかないでくれ」


「なにか、また、虐殺か?」


「……次はそうならないさ、きっと」


「む?」


 それはどういう意味だろう。次は虐殺にはならないとなれば、蹂躙でなければ早々に降伏せよ、と宣告するか、もしくはなにか秘策でもあるのだろか? だが、あまりがっついて訊いては怪しまれる。なので、あくまで興味ない態度でサイはいつもの疑問符と共に一言だけ返した。


 サイの様子にユイトキはそっと微笑んだ。


 顔にはなにかを覚悟する色がある。まるでこれから死地に赴くかのような覚悟を持った表情。


「ファバル王は愚かではない。集落が襲撃を受けたとあれば必ず兵を数人ずつでも集落に置く」


「……なるほど。今度は無力な農民ではなく、一国を守るよう、守れるよう鍛えられた兵士が相手になりうる、か」


「そうだ。だが、きっとファバル王でも読めない。センジュは各隊三十名ずつで部隊を組み、四つの集落を同時攻撃するのだから。各地へ襲撃がはじまったら某が指揮する本隊がウッペの関エンジを落とす。ここは、関手を取らない代わりに重要な戦の補給拠点となっているそうだ」


「……それは、機密ではないのか?」


「ん? はは、サイのような海外娘に話してどうやってウッペの戦士たちに伝わるのだ? まず、会うこともなるまい。ウッペはオルボウルやシレンピ・ポウと違って海外者を入れない、と聞いたしな。無用な心配をするなどと阿呆のようではないか。それで愛する者を疑うなどと」


 つまらないことで愛する者を疑えないと言うユイトキの純粋な言葉にサイは心臓が痛い。サイはウッペの者。ウッペ国に傭兵として雇ってもらっている身だ。


 だから、密告は易い。高位の戦士や果ては王子に王とも気軽に話すこともできるくらい身分を気にしないので、サイがユイトキの計画をまんま話せばすぐ迎撃を整える。


 ウッペと繫がりがあるサイに機密を漏らしたことでかなり致命的な痛手を負う準備をユイトキは自ら整えたに等しい。サイからすれば不用心でそれこそ阿呆だ。


 あまりのアレにサイは呆ける以上に悲しくなった。なにが彼を盲目にしているのか考えかけてすぐ答にいたった。まだサイが現代にいた時、読んだ本に書いてあった。


 「恋は盲目」だと。恋愛はひとの視界を閉ざし、耳を壊し、ひとを徹底的崩壊へと追い込む。


 特に惚れ込んだ者が敵であった場合は敵であることを受け入れることもできない。なので、乱心余って、愛する者の為敵に寝返ってしまう者もいるそうだ。祖国を裏切り、敵について愛する者の為、と愛に尻尾を振る。その本を読み終わったサイはくだらないな、と鼻で笑った。


 そんな物語のようなこと起きる筈がないと思った。んなものはクソつまらん現実に飽きた妄想者が生みだした妄想の産物。ひとの愛を滑稽に描いて、虚仮にしている。


 読後感としてはそういう感じだった。だから現実にはない、と思い込んでいただけにサイは準備がない。現実に起こる、と思わなかったのでユイトキの盲目に、あまりにも熱心にサイへのめり込んでいることに驚き、なにも言えない。ユイトキはサイの反応を気に留めず、続ける。


「サイ、どこへなりと旅をするのはいいが今から言うウッペの集落には近づくな。テンエン、ジン、イトガマ、シラシ。ウッペの都フォロから東西南北に散っている集落ばかりを攻める。ウッペの砦が臨戦態勢となり、浮足立ったところでウッペの西にあるエンジ関を攻め落とす」


「ふむ。四方からの同時襲撃ともなればどのような国も慌てよう。特にウッペはセンジュに比べると東の国では武力的に勝っていると噂に聞いているので驕りもあろうな」


「な、そうだろう? まとめられたのはカグラ様だが、この作戦には某も一言添えたのだぞ」


「……そうか」


 その一言添えた作戦が自らの発言で壊れていっているのに気づかないユイトキがサイはだんだん憐れに思えてきたが、ここで正体をバラすのは自殺行為。


 どう転んでもそのまま断頭台に運ばれかねない。


 そうか、と言ったきり黙っているサイをユイトキはどう思ったのか知れないが、嬉しそうに笑顔を見せている。


 ココリエには及ばないながらも眩しい笑みだ。


 こんな笑みを見せる男を騙していることにサイは自己嫌悪しそうになるが、なんとか「勝手に自爆しているだけ」と思い込んでおく。そう、勝手に転ぼうとしているだけだから、だから、サイに罪はないと思いたいのに、罪の意識が湧いてくる。サイの変な潔癖さがサイを責める。


 ただ一言の真実を告げられないことへの苛立ち。


 ウッペの者なのだ、と言えないことへの罪悪感。


 謀っている、と騙している、と思い詰める。くだらないと思うのにどうしてもサイの心はサイを許せない。例え、ユイトキが自分で勝手に石で蹴躓いて転びかけているのだとしても、助けなかったことを誰かが責めるとしても関係ない筈なのに……。絶対許せない潔癖さがあった。


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