オトドリで


 集落の入口、門のそばにはふたり男が立っている。おそらくは威嚇と伝令用の人員配置によってそこに立っているふたりは農民と兵士の中間地にいる、というかそんな格好をしている。着物は薄くてところどころほつれている質素な一着。だが、胸には胸甲、部分鎧をつけている。


 男たちの腰には小振りな刀。両手には弓矢が握られていて厳戒態勢が敷かれていると知れる。


 彼らは緊張した様子で二言三言、のように話をしていたが、向かってくるツバキとサイを見つけて途端に青ざめ、即座に弓矢を手にして構えた。ただ、その構えはいつも見る青年のものに比べるとかなり拙い印象を受けた。……まあ当たり前か、とサイはひとりで納得しておいた。


 セツキの言を信じて鵜呑みにするつもりはないが、そのセツキ説教魔の話によるとココリエは戦国一の弓取り。弓矢の扱いに関しては抜きんでている、のだそう。


 聞かされた時、ちょうど通りがかったファバルとココリエ本人に向かってサイは「膂力がない、非力だからか?」と、訊いた。これにファバルはバカうけしてココリエはかなりへこんでいた。歳が下の少女に非力呼ばわりされるのはたしかに相当、クるだろうなー。はい、終わり。


 なんだ、ショックだったのか? で終わったサイにココリエはさらに落ち込んでいた。ファバルは大爆笑し、セツキは青筋が浮くこめかみをひくひくさせていた。


 なにがどう転んでもサイの言葉は暴言と化し、セツキの琴線に触れるようになっている臭い。


 その上、そのお説教が、ウッペ城に住む王族たちが心から恐れている説教すらも馬耳東風よろしく聞き流してしまうのでさらにセツキの怒りは沸騰し、お説教は大進撃! ……なのだが、それすらもサイはスルーしやがり、セツキはそのうち胃に穴が開くのでは? と噂がまわった。


「ヨースキーっ!」


「? ……ツバキちゃん? ツバキちゃんか!?」


 サイがどうでもいいことを考えていると隣がなにかを叫びだした。ツバキが両手を振って合図し、大きな声で誰かを呼んでいる。見聞きしてサイは見張りに知った顔がいたらしいと思って放置。ツバキの声に反応した男たちのうちひとりが弓矢をおろして駆けてくる。顔には笑み。


 見張り場に残ったひとりもやってきたのがツバキだとわかって気を緩めている。サイは呆れた。いくら顔見知りでもそれが連れている者すらも警戒外の存在に早移ししては見張りの意味なしだ。やはりツバキが言ったよう、農村国家と呼ばれるだけあり、戦の心得を知らない様子。


 サイが密偵目的でなければ見張りふたりには確実に死亡フラグが高々と立ちあがっただろう。


「久しぶりだ、ツバキちゃん。嫁いでからだから」


「ちょいと、歳を計算すんなよ。前歯折るよ?」


「ははは、相変わらずだなー」


 おい、流すのか。サイは心の中で突っ込んでおく。


 いきなり、というか久しぶりーからの前歯やったろか発言は流してはいけないものであると思われるが、もしやサイ独自の思考? と思うくらい、ふたりは和気藹々と話している。へたなこと言うたら前歯持っていくぞ、などなかったかのように、ふたりは談笑していらっしゃる。


「今日はどうしたんだ?」


「アンタに話せることじゃないんだなぁ。ちょっと訊いてみるが、ユイトキは帰っているかい?」


「ユイちゃんかい? 帰っているよ。ちょうどお袋さんの散歩に付き合っているんじゃないかな? もうそろそろここへ寄って家に帰ると思うけどな、んで、だ……」


 見張りをしていた男、ツバキが言うには、ヨスキというらしいが、彼はユイトキのことを口にしかけて突然固まった。男の視線が射る先にいるのはとても美しい女。


 黄金の艶で冠をいただく黒髪に銀色の刃が如き瞳。真っ白な肌はまるで物語に語られる美姫が持ちえるもの。雰囲気としてはかなり冷たくて刃のような女だが、美貌は素晴らしいの一言に尽きる。辺境の国ではお目にかかれない神秘的美しさ。まるで美の女神。宝石の美である。


「なにか」


「は、あ、いえ。あの……」


「無愛想にするんじゃないよ、サイ。こいつもあたしの幼馴染さ。ヨスキってんだがぁ……やい、まじめに本気で見惚れてんじゃねえよ! 美女はこっちにもいるわ!」


「あはは……ツバキちゃん、悪いけど次元が違うって」


「どの次元だ!? くっそう、絶世の美女前にして緩んだ顔しやがって、どういうこったい!?」


 ツバキはどうもヨスキの様子にかなりイラっときた。サイを、絶世の美女を前にして顔が緩まない方がどうかしているが、それでもあからさまに態度が違うと腹が立つ。


 お怒りになってしまうのです。仕方がないのです。特にそう、サイは顔の造作も完璧だが体の方も奇跡が起こらねば見られない素晴らしい肉体美をしている。露出が少ない洋服でもよくわかる。際立って目立つのはやはり胸、だろうか? 大きな豊満お胸様に後光が差して見える。


 顔の美しさとさらに肉体美のすさまじさがヨスキの脳味噌を一瞬以下でノックアウト。とろけさせていた。ツバキは悟った。サイは男にとってある意味毒である、と。


 そして、同時に反則的だと思えた。あの化け物、戦国の自然界では頂点に君臨する獰猛な大環熊アムゴムーズを素手で倒して駆除してしまう実力がありながら、顔も体も美形とか……不公平感が満載だ。物語の中で美しいひとはとてもか弱いのが普通なのに、なにこの不平等?


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