じゃれあいに悪魔が参加するとこうなる


「どうした?」


 なんだろう、この不平等で不公平な感じ、とツバキが神様とかそこらを呪いかけた時だ。はかったように声がかけられた。サイが視線をやると若い男が立っていた。男の腕には枯れた体の女が掴まっている。四十代に見えるが、不健康そうで覇気がない、とサイの目にはうつった。


 おそらくだが、あまり体が強くないのだろう。サイなどはかなり頑健な肉体を持っているのでか弱いとか儚い、とかと無縁だった。見ていると、女性は男から離れた。


「……ツバキ、か。どうしたんだ?」


「ユイトキ……。その、ちょっと時間取れるかい?」


「? どうしたんだ、ツバキ? いつになくしおらしいがどこかぶつけたとかじゃないだろ?」


 男の言葉が終わってすぐ、男は噎せた。より正確なことを言うとツバキが噎せさせた……だ。


 ツバキの右ストレートが彼、ツバキが言うにはユイトキ、と思しき男の腹部に突き刺さった。


 威力に噎せてしまうユイトキは苦笑して立ち直る。乱れた鳶の髪を直してツバキの頭に手を置き、そのまま撫でる。その様、まるでぐずっている幼子にするかのよう。


 結果、ツバキから二発目が発射された。が、二度喰らってやるなど仏もしないのでユイトキは女の拳をやんわりと受け止めておろさせた。ツバキは本格的に拗ねる。


「くっ、昔は簡単に入ったのに」


「いやぁ、一発で腹いっぱいもらった気分だ」


「食後の甘味ってことでもう一発喰らえ!」


「おいおい、女の言うことか?」


「差別である」


 いつまで続くか知れない寸劇コントを眺めてやるなどと、無駄な時間を喰っているに等しいと思っている女戦士がふたりの会話に割り込んだ。サイの冷たい目がユイトキを見据える。そして、ユイトキが疑問を吐く前にサイのはユイトキの顔面に吸い込まれていった。


 サイが固く握って突きだした拳はユイトキの顔を超強烈殴打。二十メートルは吹き飛ばした。


 突然、初見である美女に殴られたユイトキは目を白黒させている。なにが起こったのかすらわからない。ツバキなぞとは比べ物にならない威力の拳は戦いを生業とする本職戦士が叩きだせる威力。あまりの衝撃に顔の輪郭がどうにかなってしまいそうだった。骨が衝撃に振動する。


「ちょちょちょ、サイ!?」


「サクッと逝かせていただけたのはよかったのかもしれぬが、それでもまだ伝承したいことは山とあったであろう」


「う、ぁ……それは、でもサイ、アンタに殴られたら」


「無用な心配。加減は心得ている」


 そういう問題? との一言がツバキの頭をするりーっと去っていった。力の加減を心得ているのはそうだろう。見りゃわかるってなもんだ。あの時、大環熊アムゴムーズを素手で引き裂いた拳。それを考慮すれば、加減なく殴られたらユイトキは物言わぬ肉片になっている筈。


 ……。想像するとゾッとする。ツバキは鳥肌が立ってきた腕に手を当てている。自身とユイトキの戯れがサイを相手にすると途端に殺人事件になってしまうのだ。怖っ。


「な、ぁ、なん……なんだ、突然……?」


「なに、恨みはない。ただ仇の代わり、と思ってな」


「は?」


 なにを言っているんだ、というような顔でユイトキは疑問の声をあげた。ま、当たり前だ。普通だ。一般的な反応であると誰もが認めてユイトキを庇うだろう。……ただし、それはユイトキが立場をわかっていないから許されること。立場、したことを知ればサイの拳は正される。


 正しいことをした、と言われてそしてサイはそれを否定する。正しいことなどこの世にない。


 正しくないから正しくて、違っているから違って正しくそしてやはり間違っている、と言う。


 頭が沸いていそうな台詞だが、以前長い長い、長ーい、それはそれは長いお説教がありまして、原因はなにだったのか忘れたが珍しくココリエが一緒に怒られていたので仕事の関係だが、説教内容の詳細はどうでもいいので忘れた。しかし、正しい、違うとの論は城の鷹を黙らせた。


 サイはまあ、適当に思っていることを言っただけだったのだが、セツキは珍しく目を細めて聞き入っていた。やがて瞑目したのでその隙にふたりは逃走したのでした。


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