聞き込み


「ここの隣集落キツルキには親戚がいてな」


「!」


「なのに、いざ外国見聞旅と思い来てみれば地図から消えたと言われてしまったというわけだ」


 サイの言葉を聞いてイズキとツバキの顔色がさっと青ざめたのでサイは確信した。これは本当に面倒な事態になっている、と。ふたりの様子からしてなんとなくを想像したサイは心中でため息。そのままため息と共に消えたいとすら思えるほど面倒極まっている気がしてならない。


 ふたりは青い顔のままサイの続きを聞く姿勢。こどもふたりは養父母たちの表情に首を傾げていたがやがて幼い方の少女、マイが欠伸をしたのでツユが妹分を立たせて寝床に連れていき、そのまま寝ついたのか戻ってくることはなかった。好都合、とサイはさらに大人ふたりに言う。


「センジュのユイトキ、とかいうのがキツルキを葬ったそうだな。いかなる者か、教えてくれ」


「知って、どうするんだ?」


 どうするって普通は流れで復讐に決まっている。とサイは突っ込みかけたがなんとか堪える。


 ぶちまけてもよかったがそれだと、少し厄介になるので黙りの一手を決めるサイは明確な答、返答を待った。大人ふたりは答えることに逡巡を抱えている様子だったがやがて観念したのか答えてくれた。


「ユイトキさんはセンジュの武士。キツルキを襲ったのはほんの昨日のことだ。すまなかった」


「なぜ謝るか」


「俺たちはその、ここだけの話、新しく統治してくれているウッペに反抗している。その、だ。センジュに加担して、その……キツルキが滅んだのは俺たちにも罪がある」


「見捨てた。いや、素通りを許して滅びを助けたか。己らの様子からして脅しはないだろうが」


 脅されて、カゼツツを滅ぼされない為に泣く泣く見捨てたとかではなさそうだというのにサイは疑問を抱いたフリをしてみせる。サイの瞳に揺れる疑問を見てイズキたちはさらに言いにくそうにした。が、しばらく粘っているとツバキが口を開いた。声には死者を悼む色があった。


「センジュが農村国家だってのは」


「ふむ。聞いたような気もしなくもない」


「そう。あのね、センジュはあたしら平民やそれ以下の人間にとっては憧れの国なのさ。農業で国を切り盛りしているってのとカグラ王の人徳さね。あの方は本当にいいひとなんだ。ウッペに宣戦布告したのはなにか理由があってのことだ。そうじゃなきゃあの方は戦争なんて……」


「ずいぶんな心酔ぶりだな」


「……あはは。あたしは元々センジュの者だからね。イズキと結婚してこっちに移り住んだ。故郷を悪く言うのはなかなかできやしないって。あたしの父ちゃんは戦に巻き込まれて死んだんだが、その時カグラ様はわざに出向いて見舞いを包んでくださったような御人だ。だから」


「お前がそのカグラ王をどう思っていようと私の主観は揺るがぬ。無意味なことは時の無駄だ」


 ツバキの言をばっさり切って捨てたサイはつまらない話は切りあげろ、と暗に示して続きを聞く姿勢になる。サイの徹底して冷たい態度にツバキは傷ついた様子だがやがて押しつけでしかない自らの論を切りあげた。


 切りあげてキツルキを見捨てた理由を話してくれた。


「ユイトキはあたしの幼馴染でね。協力してくれと言われちまったのさ。で、隣さんを……」


「ふむ。そうか、あそこのおじいには手紙でだいぶ面白おかしくウッペについて教わっていた」


「……すまない。逃げられたのは女こどもだけだと聞いているからおそらくそのじいさんは」


「ま、健康に生きてぽっくりとさして変わりあるまい」


「戦に巻き込まれて生贄にされた、のにかい?」


「瑣末に囚われては生きていけぬ。とりあえず己の中で決着をつけておくことが大事である」


 ああだった、こうだった。ああしておけば、こうしていれば、などとしていても時間の浪費。


 悼む心も大切だが、それ以上に前を向いて生きていく力の方が重要だ。死者は、蘇らない。


 サイはずっとレンのことを引き摺っているが、それでも前を向こうと努力は続けてしている。


 続けている。続けていかなければいけない。


 レンの死はサイの罪。サイにとってレンの死は激痛。


 忘れることはできない。忘れるなどと許されない。そうやって自身に重たい枷を課している。


 永遠に苦しめ。永遠に忘れるな。安楽の忘却など許さないし許されはしないとサイは考える。


 サイはレンのことに決着をつけている。永遠の罪を負うことを誓っている。だから、ひとにひけらかさないし、泣くこともない。ひとによっては冷たい、と言うかもしれないが、そうでもしなければ精神は永遠の崩壊を見ることになる。泣かないように努めることが唯一であった。


「これからどうするんだい?」


「別にどうもせぬ。仇討ちなどと阿呆の飯事だ」


「いくあてがないなら」


「心配無用。それよりはそのユイトキとかいう者に直接話を聞いてみたいものだ。「なぜ」をな」


 なぜ突然にウッペへ宣戦布告などしたのか。どうして弱き者を贄にしたのか。疑問点は多々ある。が、さすがに敵国の武将に会うのは博打がすぎる。場合によっては血の雨が降る。そうなるとウッペの心象が悪くなりかねない。まあ、心象を気にして繕うふうには見えないが……。


 だが、しかし、ファバルは気にしないかもしれないがファバルの側近で口うるさいあの男はウッペの国名に傷をつけるな、とかなんとかかんとか平然と説教しそうだが。


「……ユイトキに会いたいならオトドリにいきな」


「む?」


 突然どこか知らないおそらく集落名を言ったツバキにサイははてなで首を傾げる。イミフ。


「ユイトキのおふくろさんは体が弱いから多分、数日に一回は見舞いに帰っていると思うんだ」


「どこにあるか教えてくれれば勝手にいくが?」


「いや、きっと検めがあるからあたしが案内する」


「ふむ。助かることはそうだが、よいのか?」


「会うだけ、なんだろ? だったら問題ないさ」


 会うだけで済めば万々歳、とサイはこっそり突っ込んだが、ツバキが気づくことはない。気づけたならば、それは心を覗ける超能力だ。サイがおかしなことをおバカに考えているのを知らず、ツバキは寝室へ消えていった。どうやら、オトドリへと発つのは明日の朝になりそうだ。


「布団は余っているから」


「横になる気分ではない。あの化け物が夜行性であればまだ来る可能性もある。用心肝要だ」


「そりゃ、助かる。じゃ、適度にゆっくりしてくれ」


「うむ」


 布団が要れば、ということで大きな掛布団をだしてくれたイズキにサイは適当に返して囲炉裏のそばで瞑目。座ったまま浅い眠りについた。そして夜は更けていった。


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