ウッペ都において


 ウッペの都フォロ。ここはいつも通り。にぎやかで華々しくあり、不穏当さは影も形もない。


 人々は安心して商いに励み、崩れることのない日常を送っていた。城下町ということもあり雅なものが多く、ウッペの綺麗どころが集まってきている。だが、そこに一際目を惹く者が在った。それはもはや綺麗どころ、などという言葉でくくれないほどの美貌を備え、輝いていた。


「サイ、そっちはどうだ?」


「うむ。変わりない。どいつもこいつもなぜか緩んだ顔で私を見てきていてぶっちゃけキモい」


「きも、い? なんだ、それ」


「ふむ。気持ち悪いの進化形。さらに上はキショい」


「……え、と、サイ? 相変わらずではあるが、そなたは本当にどういう口の悪さをしている?」


 城下町フォロで人目を惹いている美しい女が零した言葉に女と比べて劣れども美しい青年が突っ込んでいる。


 美しい見た目なのに、纏う空気は異常に冷たい女――サイは突っ込んできた青年――ココリエを鼻で笑った。……おかしい。上司であるのにどうしてか扱いがひどめであることにココリエは疑問符を大量生産。ただまあ、サイなので仕方ないか、と思ってくれたので突っ込まない。


 いつも通りのサイにココリエは苦笑い。綺麗なひとを見慣れている都の人間でもサイほどの、彼女ほどの美女はそうお目にかかれない。なので、サイが言う緩んだ顔になってしまうのも、見惚れてしまうのも仕方がない。そこはわかる。わかっていないのは美人の自覚ないサイだけ。


「ココリエ」


「うん?」


 そう、自覚がないのはサイだけ。ココリエも女の美しさを認め、さらには見入ってしまうひとり。ついつい、仕事で来たのにサイに見惚れてしまうことは最近ココリエが抱える悩みだったりする。絶世の美女に見惚れる。仕事をそっちのけで見ていたいとすら思ってしまうのだ。


 今日も今日とてサイに見惚れてしまう。サイはココリエの視線を感じても特に突っ込みなしで自分の着ているものを摘まんだり放したりしている。若葉色の衣が揺れる。


 サイはウッペに来た当初はウッペ王女の着物を借りたり、洗濯した自分の洋服を着ていたが、メトレットとのことででた特別褒賞の着物、特注の一着を身につけている。


 裾や袖をわざとほつれさせてボロボロにしてあり、過酷な戦場に生きていたことを表しているのだ、と説明された着物は女の肉体美を強調するつくりになっていた。


 大きくさげられた衿と袷。下に肌着を着ているので支障はないが、それでも女の豊かな胸の上半分が着物の布からはみだしている。借り物のさらしで押さえていたが、しかし、桜蕾ノ島おうらいじまにまずいない巨乳は迫力満点である上男性たちへの攻撃力も超絶的である。


「町の視察にどのような意味があるか」


「ああ、そうだな。不穏はたいがい国の隅で発生するのだが、それが大きくなりはじめるとこうした大きい町に影がちらつく。それを見つけて早くに叩く為、かな?」


 つい、いけないと思っていてもちょいと女戦士の胸元に視線がいってしまうココリエだが、なんとか女の疑問に答えた。答をえてサイはひとつ息を吐き、納得したのか静かに瞑目の姿勢となった。なので、ココリエは間を繫ぐのに女へなにか気の利いた質問をと思ったのだが……。


「助けてくれ、誰か! 村が、おいらたちの村がっ」


 町の常にある喧騒を破る声。絶叫。声にココリエと、先んじてサイが目を向けていた。女戦士が見る先にいるのはまだ若い男、青年のような歳の頃と思しき男だった。


 ココリエが何事かと近づこうとしたが、サイがやはり先にいく。ついでにじろっ、とココリエを睨んでから向かっていった。サイの睨みにココリエは凍ってしまう。


 相変わらずだが本当に女と思えないくらい鋭い眼光。しかもかなりきつめに睨まれたのでびびる。ココリエが固まっている隙にサイは青年に近づいていく。歩みは慎重。


 ココリエは「あ」と、うっかりに思いいたってサイの睨みが含む意味を理解した。サイはココリエの不用心を窘めてきたのだ。これが敵国からの刺客が行っている演技ならばあっさりサクッとココリエは殺される。だが、用心深いサイのお陰でセツキからのお説教がひとつ減った。


 セツキの説教は本当に心を危うく病みそうなくらい厳しい上、まったくもって正論なので反撃の余地は一切ない。むしろ要らん反抗をしては説教が乗倍になっちまう。


「助けて、誰か、お願いだっ!」


「うるさい」


 ココリエがセツキからの説教がサイのお陰で減ったことにほっとしていると冷たい声が聞こえてきた。助けを求める声にサイが一言ばっさりと苦情をつけていた。


 おいおい、と思ってココリエが女戦士に追いつく。サイの背中越しに向こうを見ると、ココリエよりも歳が上に見える青年がサイの冷たさと美貌に呆けていた。


 気持ちはわかる気がする。サイの美貌は心がとろけるほどのもので、宝石の美だが、美姫の唇から吐かれる言葉は歴戦の戦士が放つ冷たさと鋭さ、厳しさを持っている。


 隔たり諸々に唖然とする気持ちはよくわかった。


「村がどうした」


「あ、え……あ、あぁ、村、が焼かれて」


「いつ、どこか」


「昨、日……キ、キツルキの集落……が」


「逃げ延びたのは己だけか」


「集落の女こどもが、一緒に逃げられました。今は、テンエンにいます。おいらだけ、報せに」


「うむ。ご苦労。休んでおけ」


「あ、はい……」


 簡潔に質問して情報を伝えさせたサイは青年に休んでおけと言いつけて振り向いた。女の視線の先でココリエが頷く。騒ぎにやってきた衛士の男に城へ伝言を頼んだ。


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