やってきたのは……


 これですぐにでも誰かが来る筈なので、あとはへたに騒いだりしなければいい。ココリエの視線が意味することを汲んでサイは報せに来た青年を観察しはじめる。


 なんとなく、どこかで見たことがある顔をしているようなそうでもないような……と思って。


 鋭い目つきにある程度整った顔。彫が深めの顔つきはやはりどこかで見た気がする。青年はサイに、絶世の美女に観察されているのを感じて居心地悪そうにもぞもぞしている。青年の顔はかすかに赤い。村の危機、焼かれたことを報せに来たのに美女がいては緊張の方が勝る臭い。


「ココリエ様!」


「あ、あれ? ケンゴク? 今日は非番では?」


「いえ、キツルキが、俺の故郷が襲われたって聞いて」


「そう、か。彼が報せに来てくれたのだ。余ではまともな話にならないかもしれないから頼む」


 ココリエはまともな話にならない、と言ったがそれはよい意味と悪い意味を混在させている。


 事情を聞きに来たのが一国の王子では変に緊張を与えてしまいかねない。それとココリエはケンゴクやセツキたちに比べると戦の経験、敵襲に対する経験が少ない。


 だったら、城に仕え、戦場で活躍しはじめてでも十年になるケンゴクの方がより敵のことがわかる情報を引けるかもしれない。ココリエにはない経験上の勘が働くのだ。


「あ、兄、貴……?」


「は? な、お、ケンサク!?」


 ケンゴクの言葉でサイは自らの中に湧いた疑問に解消しましたの判を押した。どうやらふたりは知りあいどころか兄弟らしい。サイは道理で、と思った。身の丈や厚さはまったく違うが顔の造作はどことなく似通っている。敢えて盛るとしたらケンゴクの方が歳の差熟成でいい男。


 どこかで見た、というか毎日城で見ている。


 サイがウッペ国に雇われて早くも一月半近く経とうとしている。初春の候、睦月が終わりかかった時から如月の候がすぎ去り、早くも弥生に入りかけているわけだが、まだまだ短い時間だ。なのに、ふたり、サイとケンゴクは城で結構な仲良しだった。喧嘩の仲間で鍛練の連れ。


 出会い頭の殴りあいはもう城の名物になりつつある。


 なぜって、そりゃあ、ふたり共徐々に加減を忘れて城の廊下、主として床や壁、たまぁーに置かれている調度品を破壊してセツキに厳しく叱られているから。


 出会い頭に殴りあいというだけでもありえないが、血の気が多そうなケンゴクはまだしも相手は絶世の美女。ありえないが百乗くらいになってしまう組みあわせだ。


 だから、間違った意味で名物化している。誰も推奨していない名物だ。特にセツキはふたりが廊下で出会わないように別々の時間を移動に割かせる努力をしている。まあ、それでも誰ぞかの悪戯で出会う時は出会ってしまい、くっだらねえことで殴りあいの喧嘩になるのだが……。


 そんな見知った顔と似て異なる顔立ちの青年、ケンゴクが言うにはケンサク、というらしい青年は兄の姿を認めて目に涙を浮かべ、顔をくしゃりと歪めた。


「泣くな、ケンサク。男が親の死に目にも涙なんぞ見せるもんじゃねえ! しゃんとしてしっかり報告しやがれ!」


「う、うん。ごめん、兄貴。でも、長老たち、村のみんなを置いてきちまったんだよ。ばっちゃんじっちゃんたちも、兄ちゃんたちや姉ちゃんたち、アサカゲの家には赤子もいたのに、見捨てちまった。悔しい、悔しいっ」


 泣くな、と言われても青年へ本当には届いていない。見捨ててしまった、見捨てざるをえなかった者たちの顔を思いだしているのか目からはぽろぽろと涙が零れる。


 ケンゴクは一瞬、沈痛な面持ちとなったがすぐ切り替えてケンサクの頭を拳骨で軽く殴った。


 ケンサクは痛い、も言わなかったが、やがて嗚咽混じりに兄に報告をはじめた。青年は一番最後のイークスで近所の女こどもを連れて逃げたが、実際は集落の様子がわかる場所で鳥を止めて聞き耳を立てていた。結果として相手、攻めてきた者たちのおおよそを知って報せに来た。


「相手は、敵将はユイトキ」


「ユイトキ? 知らねえ名だな」


「うん。でも、ありえないって思うんだけどさ」


「ん?」


「そいつ、センジュのカグラ王の命令で動いたって」


 ケンサクの言葉を聞いてその場に集まっている者たち、野次馬も含めてびっくり仰天した。


 ただし、約一名を除いて。置いていかれているサイはセンジュとかカグラ、と言われてもイミフ状態である。なので、近かったココリエが説明に女の耳へ唇を寄せた。


「センジュ、というのは農村国家だ。国民のほとんどが農業従事者でカグラ王も元は農民だったそうだが、当時、ゼブゼラシュという名だった国は租が重くてな、耐えかねた農民たちが一揆、叛乱を起こした」


「ふむ。素人に敗れるとは弱小国家だったわけだ」


「逸話は様々とあるが、カグラ王はかなりの切れ者らしい。知恵で戦闘経験の差を埋め切ってしまったのだ。自軍の得意を活かし、敵軍の得意を殺す手法で追い詰め、ゼブゼラシュ王イチュシオを国外へ追放し、叛乱を指揮した責任を持ち、負い、王に就かれた、と余は聞いている」


「……なるほど、傑物というわけか」


「そうだ。王であると同時に彼は戦国の一柱でもある。実力のほどは詳しく知らぬがカザオニと同程度の実力者だ」


 カザオニ、と聞いてサイは微妙な気持ちになった。睦月の終わりにぶつかった戦国の強者。風の鬼と悪名を轟かせている彼と同じような実力を持っている王が操る軍の相手などと願いさげだ。が、誰かさんたちの鶴の一声があれば出陣することになる。どうやらまた覚悟が必要だ。


 また、強い者と戦うかもしれない、覚悟が要るだろうことを確認してサイはケンゴクに報告しているケンサクの話に集中した。どんな時代でも情報は命を揺さぶる。


 そこは戦国もサイのいた現代も変わりない。ただ贅沢でここに電波があればなぁとは思った。


 電波さえあればあらゆる情報に通じることができる。それにそういうのを得手にしている阿呆をひとり知っているし。クイン・セ・テーならばどんな場所のどういう情報だろうと正面玄関から堂々入り込んでがっつり押さえてくる。見返りにいくらかかるか考えると怖いが便利だ。


 専門家が情報を収集している間サイは武器の整備やらなんやかんかとできる。これもまた適材適所の一例である。


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