中庭でしごかれて
「口ほどにもない、とはお前の為にある言葉だ」
「す、すみません……っ」
「謝る暇があれば立て。まだ準備運動も叶わぬ」
鬼か、このひと。そんな音の羅列がココリエの頭をすらりぽーんと流れていった。青年はぜーぜー息をしている。
息切れしているココリエの前に立っている女戦士は彼の体力なさに呆れている。瞳には不満。
まったくもってしごき甲斐がないことに。そして、あまりにも弱いことに彼女は呆れを通り越して憐れんですらいる。うむ。平常通りの悪魔運転だがかなりひどい。
「サイ、嘘だ。これ、はあ、準備運動……?」
「嘘は嫌いだ」
「いや、そういう、意味じゃなくて」
息も絶え絶えに喋っているココリエにサイは冷たい
変な、教える教えてください教えてやろうの約束をしたふたりは朝餉を一緒に食べてココリエの案内で中庭までやってきた。ここは滅多にひとが来ず、鍛練をするにはかなりおすすめの場所だそうだ。到着した瞬間、サイもそれを肌に感じていたので今後世話になろう、と思った。
そこまではよかった。問題はそのあとにでてきた。
サイはココリエの現状を知りたいからと体力試験をだしてみたのだが結果はかなりの惨状様。
「サイ、そなた、いったいなにをしてきたのだ? こんなに厳しいの、セツキもせぬ、ぞ……?」
「アレに教わっているのか?」
「……あの、アレってな、サイ、一応上司だぞ?」
ココリエの突っ込みをサイは鼻で笑う。やはりセツキ、もっと言うとココリエを軽んじている。
上司を上司と思っていない。出会った時から彼女に敬い魂がないのは知っているが、あんまりである。これでは、このままはセツキのお説教餌食街道まっしぐらである。
サイがいくら説教されてもココリエに被害はないが、あまり怒られるのは可哀想な気がする。
よくわからない主張。気づいたらウセヤにいた、などと言っているが、彼女はこことは違う国に生きていたのだから。きっと戦国とは文化もなにもかも違う国。世界。
なので、知らない土地で、あまりそうは見えないが、それでも混乱しているのならば追い討ちは可哀想だ。セツキなどは甘やかさなくていい、と言いそうだが、ココリエはどうしてかサイに辛く当たれない。なぜなのかはわからない。だが、できれば優しくしてやれればと思った。
はじめて構えずにいられる女性だからなのかもしれないし、なにか違う原因があるのかもしれない。そこは不明だが、ココリエはどうしてもサイに酷を敷けなかった。
変だな、と思ってココリエが思考を遊ばせていると中庭をぐるっと囲んでいる回廊の向こうから知った綺麗な男がやってくるのが見えて飛びあがる勢いで立ちあがった。
「ココリエ様、なにか?」
「い、いい、いやっなんでもない。セツキ、こんな時間にここへどうした用事だ? いつもは」
いつもならば、午前中のこの時間帯は仕事に追われている筈なのに。その男がここへ来たのはどうした理由だ、とココリエは首を傾げる。が、セツキはココリエの態度を訝しみながら彼の背後にいる女性に目を留めた。
しごき甲斐のないココリエに呆れて憐れみがっかりして無表情で腕組みし、立っていらっしゃるサイを見つけたセツキ。彼の猛禽類のような瞳にかなり鋭い色が宿る。
それを見てココリエはあからさまにびびったが、なんとか表情にだけでないよう気をつけた。
「その不審ぶ……不審人物についてご報告を、と思いまして。あなた様こそ、どうしてここへ?」
一瞬、不審物言いかけたセツキだが、サイの目がじろりぎらっと睨んできたので仕方なく言い直してやった。これにサイは無反応だが、瞑目して刃の目を閉ざした。
ふたりの険悪さにココリエは苦笑するが、セツキがサイについて報告がある、と言ったので真剣に聞く姿勢を取った。セツキはサイを一瞥して、一冊本を取りだし、片手で叩いた。男の表情には厳しさが満載されている。
「海外の港、名をすべて洗ってみましたが、ハイフィン港などというものはありませんでした」
「で?」
「は?」
思わずココリエとセツキの声が揃う。相手がなにを言っているのか、まったくわからなくて。
本当になにを言っているのかわからない。セツキの詰問を含んでいる声になぜサイは平然として答えていられるのやら。ココリエだったら震えあがってしまうほど冷たい声だったのにサイときたら、まるで響いていない。
ちょっとってかかなり恐ろしい肝をしておいでです。
「嘘を肯定なさっているのですか?」
「イミフ」
「言葉は正しく使いなさい。嘘をついて……」
「己は脳味噌いかれているのか? 嘘は嫌いだ」
「真顔で寝言を吐かないように」
「私はそこほど芸達者でない」
話にならないネ。ふと、男たちの頭にそんな言葉がふよっとただよっていった。真顔、というか無表情で平然と喋るサイにココリエは驚くやら肝が冷えるやらだった。
しかし、セツキの持ってきた情報がたしかだとすればこれは少しというかかなり異質であり、おかしなことだ。少なくとも常にはない、ありえない出来事である。
存在しない港にいて気がついたらウッペでも死の樹海とされているウセヤ山で迷子していた。
完全に意味不明。理解不能の域にある。
「ココリエ様、どうしましょう、これ? 今からでも牢に入れて監視した方がよろしいのでは?」
「いや、それはあんまりではないか?」
「ですが、このままではこれがなにをするか」
「うぅーん、だが……」
「おい、聞こえているぞ」
こそこそ喋っていたつもりでいた男ふたりはサイの声に顔をあげる。女戦士は別段表情に変化はないが、瞳には今にも蹴倒さんばかりの殺気が躍っていらっしゃる。
このまま続けては確実にどちらかが蹴り倒される。
いや、身分の関係からしてココリエを蹴らない、蹴らないと思いたいがサイなのでなにをするかわからないのだ。
サイだったら身分とかなにひとつ関係なく制裁をくだしそうな気がする。とりあえず女との距離が近いので、ココリエが危ない。だから、セツキも続けなかった。
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