王子の見解と悪魔の報告


「どうやらメトレットの者だな」


「ふむ、ファバルは無能な豚と言っていたが、アレほどの者がいるならば舐めてはかかれまい」


「ん? なんのことだ。メトレットに名のある武人などいないぞ? 厄介は王族兄弟くらいで」


「では、カザオニというのは外部戦力か?」


「……は?」


 固まった。サイの言葉を受けてココリエの時間がたしかに停止した。サイはココリエの目の前で手をひらっと振ってみせたが無反応である。まるで死んでいるようだ。


 だが、次第にココリエの顔色が悪くなっていく。ケンゴクはサイに蒼白な顔、と言ったがココリエもたいがいだ。


「カ、ザオ、ニ……?」


「うむ。そのように呼ばれていた」


 それでそれがどうした、と言いたげなサイにココリエはかなり大きく太い苦蟲を頬張った顔。


 ひどい顔だ。せっかくの美貌が台無しである。まあ、サイはココリエの顔がどう惨状になろうとどうでもいいので腕の調子を確かめる。不備なく動く。セツキの寄越してくれた薬、ひどい味だったがよく効くようだ。


 確認してサイはココリエを見る。彼はまだ固まっていらっしゃる。サイはなので、ココリエの向こう脛に蹴りを喰らわせた。これには硬直していたココリエも驚く。


 あまりの痛み、激痛までいかないが、それでもかなりの痛みは悶絶もの。だったからか、ココリエはその場でぴょんぴょん跳ねる。彼も戦士であり、さらには王子である筈だが、常軌を逸した痛みに出会って、というか遭遇しては恥とかそこら辺のものを考える余裕がないっぽい。


「なにをしている?」


「そ、そなたが蹴ったせいだ……っ」


「うむ。いつまでも固まっていられては迷惑だ」


 だからって、蹴るか、普通? そんな音の羅列がココリエの脳裏を駆けていったが気にしないことにした。サイの言動にいちいち突っ込んでは忙しいし、身がもたない。


 それに、それよりは訊いておくべきことがある。


「カザオニ、たしかか?」


「私の耳がたしかであればアレはどう間違っても、正しく聞いていてもカザオニと言っていた」


 だが、それが、カザオニの名が示す意味がサイにはわからない。まさに正しくイミフである。


 ココリエはサイの態度を見て呆れるやら驚くやら感心するやら……とりあえずびっくりだ。なによりもそう、今現在、怪我こそしても彼女が生きていることが奇跡的だ。


「カザオニ。流れの傭兵でありながら戦国の十柱に数えられている強者。死と不吉の象徴だ」


「流れというと」


「金さえ払えば誰にでも忠義を持って尽くすと聞いているのだが、その代償は大きいものだ」


「代償?」


「雇った者に必ずの勝利を約束する代わり、特大の不吉と不幸、果ては死を呼び込むのだ」


 ココリエが教えてくれたのは古臭いお伽噺のような逸話だが、あの実力と不穏な見てくれは変な噂を呼び込むに充分すぎる。それに必ずの勝利というのもありうる話だ。


 あの風はいったいなんだったのか。カザオニが使っていた短剣が折れると同時に消えたのも気がかりだ。それに「十柱」というのも気になる。いったいなんだ?


 サイが疑問にまとめて首を傾げる、とココリエは安心したよう微笑んで丁寧に答えてくれた。


「十柱というのは戦国の戦を支える十の柱と呼ばれる戦士たちのことだ。ちなみにセツキとケンゴクは柱に数えられる強者。カザオニは傭兵だが、ふたりはウッペの武士」


「あの風はなにか? まるで意思を持っているようだったのだが……皆目見当もつかぬ」


「風? ああ、《戦武装デュカルナ》のことか?」


「でかいケツ?」


 サイの聞き間違いにココリエは苦笑い。外国から来たにしても知らなさすぎであると思って。


 ウッペには今まで傭兵、海外の者が入ったことがないので余計に扱いがよくわからないものの、ココリエは訊かれたことに、サイの疑問にひとつずつ答える方向で話す。


 そして、ついでなので歩くことにした。いつまでもこの崖下にいるわけにはいかない。サイはココリエが歩きだしたので後ろについてくる。結構純粋なのかもしれない。


「《戦武装デュカルナ》というのは生命力を戦闘力にする技術のことだ。海外にはないのか?」


「知らぬ」


「確立されてかなり長いのだがな。生命力は様々な属性を持っている。自然物、非自然物とあるが火、水、土、風、雷が基本の五属性でそれらの補助、その者の根本をなす属性が二分され、光と闇がある。ここまでよいか?」


「うむ」


 簡単に返事をしたサイは傷口に唾を塗っている。かなり男らしい自分手当てをするひとだ、とココリエはまた思った。まさかだが、唾塗って終わりではない、よな?


 だが、サイは唾を塗っただけで傷を縛ろうともしないので治療終了であるご様子。……雑だ。


 ココリエが見ただけでもかなり深い傷だったのに、唾塗って終わりってある意味でだけ羨ましすぎる。実に男らしく、それでいて女性の優美さを各動作ににおわせる。


 不思議なひとだった。男のようであり女性らしい所作を持っている。ココリエのまわりにいない性質を持っている女性。ココリエは説明しながらサイに見惚れた。


 本当に綺麗なひとだ。なのに、言動が男らしすぎる。美しく勇ましい。おかしな気分になってしまうココリエはサイに見惚れるのはほどほどに、続きを解説してくれた。


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