第六章

他人への行いは、必ず自分に返ってくるということを思い知りました。

第一話 どんな人でも、少しは変わることが出来る


 一か月という時間が、怒涛の勢いで過ぎ去ってしまった。薬局は相変わらず忙しくて、目まぐるしい毎日。でも、凄く楽しい日々でもあった。

 でも、それももう終わりだ。オレンジ色の西日が差し込む店内で、四人は何となく気だるい時間を過ごしていた。


「ふにゃー……アレク、今日も来にゃいのにゃ?」


 椅子に座って、足をぶらぶらさせながらシナモンが溜め息を吐いた。傍の棚に寄り掛かっていたハルトも、うんうんと頷く。


「冒険者にとっては、言葉の無い別れはよくあるが……あんまり気持ちの良いもんじゃねぇよなぁ」

「うう。お薬、効かなかったのでしょうか」


 レジカウンターを拭き掃除していたユアが、心配そうな表情で俯く。来られないかもしれないとは言っていたが、まさか本当に一か月も姿を見せないとは。

 彼の身に何かあったのか。それを確かめる術も無いことに悶々としているも、勢いよく開かれたドアにそんな悩みは弾け飛んだ。


「皆さん、お久しぶりです! 良かったー、何とかお店が開いている内に来られました!」

「え、アレクさん……ですか?」


 ユアが驚くのも無理はない。その場に居た四人全員が驚いた。飛び込むようにして店にやってきたのは、確かにアレクだ。でも、最後に見た彼とはまるで別人だったのだ。

 どれだけ暑い日でも、アトピーを隠す為にコートとマフラーを外さなかったのに。今日の彼はマフラーを外し、コートではなく薄手のカーディガンという装い。その辺を歩いていても、全く不自然でない格好だ。

 でも、一番変わったのは彼の顔と表情だった。


「はい、ぼくですよ! ……えっと、そんなに変わりましたか?」

「にゃー! 変わったにゃ、別人にゃ!」

「おう、見違えたぜ! 何だよ、お前めちゃくちゃキレイな顔してたんだな!」

「えへへ、これでも魔人ですから……どうですかアキマルさん、ユアさん」


 ぼく、頑張ったんですよ。照れ臭そうに頬を染めてはにかむその顔からは、もう醜いアトピーは跡形も無く消え去っていた。

 代わりにあるのは、整った顔立ちと幸せそうな表情。触れたら壊れてしまいそうな繊細さを残しつつ、満開の花のような可憐さも備えている。


「うん……凄い、本当に見違えたよアレクくん!」

「本当に良かった、お薬……効いたんですね?」

「はい。めちゃくちゃ苦くて、最初は気を失いかけたんですけど。頑張って飲みました!」


 うん、それはごめん。明丸も一度だけ満月花の味身をしてみたのだが、確かに苦かった。夜は眠れなかったくらいに。


「アトピーが無くなって、夜もぐっすり眠れるようになったからでしょうか。何だか、とても体調が良いんです!」

「にゃん! アレクの魔力、凄く変わったにゃ!」

「確かに、何だかツヤツヤしてるぜ。これなら、他の魔人とも見劣りなんかしねぇな!」


 魔族の二人が、明丸にはわからない部分を褒める。魔力に関しては未だによくわかっていないが、とりあえずその辺りも変わったのだろう。

 再発の可能性は残っているが、とりあえずは治ったと言って良いだろう。薬の効果と、魔人の特性。そして何よりも、アレク自身の努力の成果だ。


「はい! 本当に、嬉しいです。アトピーが治ったことも嬉しいんですけど……ぼく、初めて周りから変な目で見られなくなったんです。話しかけて貰えるようになったし、頼って貰えるようになりました。それが、何より嬉しくて……うぅ」

「わわ、泣かないでにゃー」

「おいおい、おれ達はお前の笑顔が見たくて頑張ったんだぜ?」


 涙ぐむアレクの髪を、ハルトがわしわしと撫でる。そうだ、明丸は彼の笑顔が見たかったのだ。でも、まあ良いか。

 この涙は、嬉し涙だから。


「すみません……ぼくなんかの為に、皆さんが色々考えてくれたのがどうしようもなく嬉しくて。だから、何か困っていることはありませんか!? ぼくに出来ることなら、何でもします!」

「え、でも……」

「お願いします! ぼくも皆さんのお力になりたいんです、何でも言ってください!」


 お願いします! 深々と頭を下げるアレクに、四人が顔を見合わせる。確かに、ユアの借金に困ってはいる。

 ……いや、


「ううん、良いんだよアレクくん。きみが元気になってくれた、笑ってくれた。それだけで充分なんだ」

「で、でも」

「そうですよ、アレクさん。私達は、お友達を助けたかっただけなんです。見返りなんて、いらないのです」

「友達を……?」


 ユアの言葉に、きょとんと首を傾げるアレク。そうだぞ、とハルトが声を上げて笑った。


「困ってる友達を助けるのは当然だろ。だから、変に構えなくて良いんだぜ」

「そうにゃ、アレクは友達にゃ!」

「はい、とても大切なお友達です」

「友達……でも、ぼくなんて」


 せっかく綺麗になった表情を曇らせて、俯いてしまう。やれやれ、仕方がない子だ。


「それじゃあ、アレクくんに友達として一つだけお願いがあるんだけど」

「は、はい! 何でも言ってください、アキマルさん!」

「その『自分なんて』っていう考え方を止めて欲しい。きみは、もっと自分に自信を持つべきだよ」

「自信?」


 きょとん、と首を傾げるアレク。そういえば、少し前の明丸もこんな感じだったのかもしれない。

 自分は無力だ。何も出来ることなんて無いと思い込んでいた。でも、この世界に来て変わった。ユア達と一緒に過ごして、自分に出来ることを探して精一杯に頑張って。

 いつのまにか、明丸は変わっていた。だから、アレクも絶対に変わることが出来る。


「自分ではわからないかもしれないけど。きみには、たくさんの可能性がある。何にでもなれるという希望がある。だから、自分だけは自分を否定しちゃ駄目だ、踏みにじってはいけない。俺でも少しは変われたんだ、アレクくんならもっと変われるよ」

「……自分だけは、自分を否定しない」

「そうにゃ。それにー、魔人は生まれた瞬間から勝ち組って言われてるのにゃ! だから、アレクも魔人っぽく偉そうに踏ん反りかえるべきにゃん!」

「そうだな。お前は将来とんでもないイケメンになるだろうぜ。周りにウインクでも飛ばしてメロメロにたぶらかしてやれ。それに、そんなに良い魔力を持ってるんだ。次にバカにしてくるヤツが居たら、『地獄見せてやる!』って睨んでやれ」

「じ、地獄見せてやる! ですか」

「にゃはは! それ良いにゃん! いかにも魔人っぽいにゃん!」

「そうそう、お前は大人しすぎるからな。少しくらい口汚い方が魔人っぽいぜ?」


 困惑顔のアレクに、ハルトとシナモンがうんうんと頷く。うーん、魔人は未だにアレクしか見たことがないからわからないが、そういう種族なのだろうか。

 でも、まあ良いか。これできっと、明丸達が居なくなってもアレクは大丈夫だ。


「あのさ、アレクくん。実はこのお店、今日で――」

「コンニチワ、カナリスさん。おや、おトモダチと談笑中でしたか」


 随分余裕デスネ。嫌味たっぷりに、店のドアを開いたのはジョナンだった。まだまだ暑いのに、相変わらず派手な格好をしている。

 明丸が咄嗟にアレクの腕を引いて、背後へ隠すようにして庇う。彼にとっては会いたくない人物だろう。


「アンドレアルフス様……お久しぶりです」

「ええ、ドウモ。お楽しみのところスミマセンが、今日が何の日か……お忘れじゃありませんよね?」


 厭らしい笑みを浮かべるジョナンに、四人が顔を見合わせる。そして、ユアがカウンターに置いてあった持ち運び用の金庫を手に、ジョナンの方を向いた。


「ええ、覚えています。申し訳ありませんが、お外でお話させてください」

「外で、デスカ? ま、良いですケド」


 ジョナンが怪訝そうな顔で踵を返す。思わずユアを見ると、彼女の目が物言いたげに揺れた。

 そうか、そうだよな。


「あ、あのー……あの人と何か用事があるんですか?」

「はい。少し、大事なお話がありまして」

「すぐ終わるから、アレクくんはここで待ってて。終わったら、お茶でもしよう」


 さらりとした金髪を撫でてやる。これからジョナンとする話は、アレクにはあまり聞かせたくないし見せたくもない。先に説明しておきたかったが、そんな時間も無いらしい。

 彼一人を店に残して、明丸達は外へと出る。アレクに声が聞こえないように、ドアも閉めた。


 だから、彼が思い詰めた表情で呟いた言葉に、気が付くことはなかった。


「自信を持つ……か。も、自信を持てば変われるのだろうか……あの方のように、なれるのだろうか……」

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