第九話 せめて、最後まで全力で


 満月花を採取し、冒険者全員でエステレラへ帰還してから一週間。明丸とユア達、ハルトとシナモンの四人は薬局の営業を終えた後、静かな夜の浜辺を散歩していた。

 直前までエルの庭で絶品料理をたらふく食べていた為に、お腹が少々苦しいけれど。少し肌寒いくらいの夜風が気持ちよく、月と星の光にきらきらと輝く紺碧の海が綺麗だ。


「にゃー! ユア見て、カニが居るにゃ! 捕まえてやるー、うにゃにゃにゃ!!」

「まあ、シナモンさん。いじめたら可哀想ですよ」


 静かな波打ち際で、シナモンとユアがしゃがみこんで小さなカニを構い始める。うーん、平和だ。ドラゴンに襲われたり、溺れて死にかけたりしたことが夢だったようにさえ思える。


「うう……アキマルとユアはまだ良いとして、何でシナモンはあんなに食うんだよ……今月、これからどうやって過ごしたら良いんだ」

「あー、はは。ごちそうさま」


 うう、と一人だけどんよりオーラのハルトに声をかける。今夜の夕食は、先日のお詫びを兼ねたハルトの奢りだった。最初は若干気が引けていたものの、シナモンが全く遠慮せずに次々に注文していたので、結局は明丸とユアも食べたいだけ食べてしまっていた。

 おかげで、ハルトの財布は大ダメージを負ったようだ。それも、カニと戯れる二人にも萌えられない程に。


「ハルト、足はもう大丈夫なのか? あれから寝込んだって聞いたけど」

「ああ、もう何ともねえよ。お前は? 風邪引いたんだろ」

「ちょっとだけね。でもユアさんの薬飲んだら、すぐに治ったよ」


 二人を見守るように、少し離れた場所で堤防に寄りかかって。あれからハルトとアキマルはお互いに体調を崩して寝込む羽目になったが、今ではすっかり元気になった。


「そっかそっか。それで、アレクの薬は出来たのか?」

「うん。今日のお昼に、アレクくんに渡したよ。……でも」

「え、どうした?」

「いや。アレクくんが、しばらく来られないかもしれないって言うから、作った分を全部渡したんだ。一か月分」


 本来、新しい薬を患者に提供出来るまでにはかなりの時間を要する。満月花で作ったあの薬は、キルシのレシピにも無い完全オリジナルの新薬だ。ただ、ユアの魔改造薬とは異なり、皆で精一杯力を合わせて作り上げた最高の薬である。

 それでも、効果や副作用を検証するのには時間が足りなかった。しばらく忙しくなってしまうから、というアレクの言葉に焦って渡してしまったが。

 効かない、ならまだしも。酷い副作用が出たり、悪化したりしなければ良いのだが。


「大丈夫だろ、ユアを信じようぜ。あいつの薬師としての腕はピカいちなんだから」

「はは、そうだな」


 改造のセンスはイマイチだけど。明丸が苦く笑いながら、空を見上げる。あの日程ではないが、今日も夜空が綺麗だ。


「なあ、ハルト達はずっとこの街に居るのか?」

「へ? うーん、とりあえずまだしばらくは居るつもりだけど」

「そっか。いや、実はさ。ユアさんと話してたんだ。これからのこと、どうしようって」


 アレクの薬を作ることは出来たが、借金の問題は依然解決していない。お金が用意出来ていない以上、明丸達を待っている結末は薬局カナリスが差し押さえられるという最悪なものだ。

 考えたくはない。でも、覚悟を決めなければならない時期が迫っている。


「へえ、どうするんだ?」

「まだ、決めてないみたい。別の街に引っ越すか、帝都で薬の勉強をするか。改めて、魔界を見てみたいとも言ってたかな」

「じゃなくて、お前だよアキマル」

「え?」

「お前はどうするんだ? ユアと一緒に居るのか、それとも一人でやっていくのか」

「……それも、まだ考え中」


 ハルトの問いに、明丸は答えられなかった。これからどうしよう、何をしよう。ユアと別れ、この街で生きていくことも出来る。別の場所で新しいことを始めることも出来る。

 そう、何でも出来るのだ。この世界なら。


 ……この世界、だから?


「それにゃらー、シナモン達と一緒に旅するかにゃ?」

「た、旅?」


 カニとの遊びに満足したのか、シナモンとユアが寄って来た。


「そうにゃん。シナモン達は気儘で愉快な冒険者で、旅人にゃ。気が向いたら旅に出てー、色々な場所に行くのにゃん。未知のダンジョンとかー、無人島とか。いずれは世界の全部を見て回るのにゃん!」

「ははは! そりゃ良いな。この四人が一緒に旅生活か、賑やかで楽しそうだ」

「なるほど……」


 それは、かなり良いかもしれない。ハルトとシナモンと共に、この世界を旅する。色々な街に行って、たくさんのものを見る。皆と一緒に。


「にゃにゃ! この四人なら無敵にゃん。幻の薬草だって見つけたんにゃから、何でも出来るにゃ!」

「おう。可能性は無限大ってな。ぜひ、今後の候補の一つに入れておいてくれよな」

「はい……! それ、素敵です。ね、アキマルさん!」


 両手を合わせて、瞳を揺らすユア。それは恐らく感激のせい、という意味ではない。どことなく曇った表情が物語っている。

 やはり彼女は、店を諦めたくないのだろう。言葉にしなくても伝わってくる。それでも口には出さない、言葉にしたりしない。

 きっとユアなりに、覚悟を決めようとしているのだ。


「……ええ、そうですね」


 だから、明丸はあえて触れようとはしなかった。ハルトとシナモンも、きっと同じ思いだ。もう大人なのだから、この先のことを考えなければいけない。残酷な選択をしなければならない。

 だけど、今は。今だけは。星空の下で、穏やかな波音だけを聞いて。たった一瞬でしかないこの時を、大事に大事に過ごすことにした。


 ――そして、運命の日はあっという間にやってくる。

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