第六話 誰かはわからないが、もう少し方法を考えて欲しかった!
「くっ!!」
間一髪のところで、ハルトが槍で受け流すようにして巨体の攻撃を凌ぐ。あまりにも大きな衝撃に、彼の身体が大きく揺らいだのが見えた。
月光に照らされ、赤黒い鱗が妖しく光る。大地を切り裂くかのような鋭い爪に、岩でさえも噛み砕くであろう強靭な牙。獰猛な金色の双眸が、ぎょろりと明丸達を睨んだ。
「どっ、ドラゴン!? これが、本物のドラゴン!?」
そうだ、間違いない。ゲームやラノベ、あらゆるファンタジーに君臨する絶対王者。雄々しく、堂々たるその姿。明丸は思わず、目を擦った。本物だ、本当に生きているんだ。
そして、本物のドラゴンが明丸達に牙を向いている――
「お、おおおかしいのにゃ! い、いくら魔界が近いとはいえ、人間界にドラゴンが居る筈がにゃいのに!?」
「し、シナモンさん……以前、足を捻挫された時にドラゴンと死闘を繰り広げたって言ってませんでしたっけ……?」
「今それ思い出す!? そんなの嘘にゃ! 小粋なジョークにゃ!! 素直で純粋なユアは好きにゃけど、そういうこと簡単に信じちゃダメにゃ! ドラゴンにゃんて、よほどの戦闘狂か軍隊が相手じゃにゃいと無理にゃー!」
ユアとシナモンがパニックに陥っている。無理もない。明丸も以前、ワイルドボアを見た時も怖いと感じたが。目の前のドラゴンは、あの時とは明らかに格が違う。
恐怖の余りに、肺が凍えてしまったかのように感じる。息が、吸えない。足ががくがくと震える。落ち着け、男だろ。
とにかく、皆を護らなければ!
「笛……そうだ、シナモン! 笛を吹け!」
「ふ、ふえ? そうにゃ! 忘れてたにゃ!!」
シナモンが首にぶら下げていた笛を掴んで、思いっきり吹いた。びりびりと夜闇を切り裂くような、鋭い警笛が辺りに響き渡る。
更に、耳を塞ぎたくなるような音にドラゴンも怯んだかのように一歩後ろへ下がった。チャンスだ!
「皆、森の中に逃げるんだ! 出来るだけ、木々が生い茂るところに! このドラゴンの大きさなら、そこまで入って来られない筈」
ドラゴンは西洋ファンタジーのドラゴンと言った風体をしている。どっしりとした四肢に、頭から生える二本の角など。何もかもが巨大で、それゆえに狭い森の中は身動きが取り難いだろう。明丸達から考えても、川に阻まれたこの地形では森の中に逃げ込むしかない。
皆を護らなければ。その一心が、明丸に何とか平常心を保たせていた。
「とにかく逃げよう、今はとにかく他のチームと合流するんだ!」
「わ、わかったにゃ! ユア、走れるかにゃ!?」
「え、ええ」
「ハルトも、早く……ハルト!?」
目の前に突き付けられた事実に、明丸は酷く後悔した。もっと早く、何ならエステレラを出発する時に言ってしまえば良かった。追及すれば良かったのに。
どうして言わなかったのだろう。彼の様子がおかしいことに気が付いていたのに、なぜ見て見ぬふりをしてしまったのだろう。
「はあ……はあ……くそっ、いってぇ……足が、痛ぇ……」
ハルトが肩で大きく呼吸をしながら、そう呻いた。真っ青になった顔面には玉のような汗が滲んでおり、地面についた槍で何とか立っているような状態だ。くそっ、どうして気遣ってやれなかったんだ!
幻肢痛。過去に失った右足の痛み、今の彼を襲っているのはそれだ。
「は、ハルト!? にゃにしてるにゃ、早く逃げるにゃ!」
「ハルトさん!」
「お、俺が何とかします! ユアさん達は、早く逃げて」
「いや、アキマル……お前も逃げろ。この足じゃ、お前達の荷物になるだけだ。それなら、せめてここで時間を稼いでやる」
声を震わせながらも、ハルトは槍を地面から引き抜き構えた。野生の肉食獣は、病気や怪我で弱った草食獣を狙うと言う。目の前のドラゴンも、四人の中で一番弱っているのがハルトだとわかっているのだろう。そして、その目的は捕食。
ユア達には目もくれず、ハルトだけに狙いを定めたようだ。がり、がりとドラゴンの爪が地面を引っ掻く。いつものハルトならまだしも、今の彼では最悪の事態になりかねない。
「な、何言ってんだよハルト! 一緒に逃げよう、俺が肩を貸すから」
「はは、大丈夫だって。死ぬつもりはねぇよ、だから他のチームが来るまで粘って見せ――ぐあッ!!」
低く喉を鳴らしながら、ドラゴンが再度距離を詰める。そして振り被った爪をハルトが槍で受け止めようとするも、右足のせいで踏ん張れなかったのだろう。
受け止めきれず、ハルトの身体が宙に浮き背後にあった木の幹に叩きつけられてしまう。それが決定打だった。
「う、ぐ……ゲホッ、ゲホ!」
「ハルト!?」
「ハルトさん!」
「しっかりするにゃ、ハルト!!」
地面に倒れ込み、ハルトが激しく咳き込む。まずい、このままで本当にハルトがやられてしまう。
助けなければ、友達を! でも、どうすれば良い。自分では、非力な自分では何も出来ることがない。……いや、一つだけあるか。そうだ、迷ってる暇はない。
友達の為に、この身を犠牲にすれば――
「――全員、姿勢を低くしろ」
「……え?」
ハルトに覆い被さり、ドラゴンが口を大きく開いた、正にその時。聞き覚えの無い声が、明丸達に向かって短く指示をした。
あまりにも、その命令口調が自然だったから。そして、声が疑問を持つことすら許さないと言わんばかりに威圧的だったから。既に倒れているハルト以外の全員が、咄嗟にその場に膝をつき出来るだけ身体を地面に近づける。次の瞬間、
夜よりも深い闇色の斬撃が、木々を薙ぎ倒してドラゴンを襲った。
「なっ、何だ!?」
凶暴な咆哮から、悲鳴じみた鳴き声に変わる。強大な刃となった衝撃波が、ドラゴンの顔面を切り裂いたのだ。明丸達は姿勢を低くしていた為に巻き添えを喰らわずに済んだが、もしも立ったままだったら胴体が真っ二つにされていたことだろう。
ぼた、ぼたと垂れるドラゴンの血。何なんだ、今のは。そして、あの声は一体。
「よ、よくわかりませんが……とにかく、逃げましょう!」
「そう、ですね。ユアさん達は先に行ってください! ハルト、立てるか?」
「あ、ああ」
自分から離れ、痛みに悶え苦しむドラゴンを尻目に。明丸は急いでハルトに駆け寄る。
「うう、ごめんなアキマル。おれ、皆に迷惑かけたくなくて」
「話は後で聞くよ。俺が右側から支えるから、ハルトは左手で槍持って」
肩を貸すなら、痛む右足を庇ってやった方が良いだろう。先ほどの声の人物が何者かは物凄く気になるが、今はハルトを助けつつ皆と逃げるのが最優先だ。
そこまで考えて、明丸はハルトの右側に回る。油断はしていなかったつもりだ。でも、一体誰が予想したというのか。
「アキマルさん、尻尾が!!」
「へ?」
ユアが叫ぶ。尻尾? 尻尾って何だ? ハルトの尻尾はふさふさで、シナモンの尻尾は魅惑のカギ尻尾だ。特に危ないものではない。いや、どちらも掴んでモフモフしたいという危険な魅力はあるが。なんてことを考えていたが、すぐに理解した。
それはとても長く、しなやかにしなる特大の鞭のよう。どうやら、ドラゴンは先程の一撃で目が見えなくなってしまっているらしい。獲物に喰らいついたり、敵を排除しようとしているわけではなく。ただ、痛みに暴れているだけのようだ。
だから、それで死んだり失神したりするようなことはなかったんだけど。左側から勢いよく振り払われたドラゴンの尻尾が、座り込んだままのハルトの耳先を掠め、アキマルの脇腹を思いっきり薙ぎ払って。
めちゃくちゃ痛い上に、身体が宙に浮いて。勢い良く殴り飛ばされて。
「アキマル!?」
「アキマルさん!」
ハルトの手は間に合わず。ユアとシナモンが駆け寄ってくれるのが見えたけど、シナモンはかなり出遅れたのかまだ距離が離れている。
そして、ユアは。
「だめ……アキマルさん!!」
こちらに伸ばされた彼女の手を、必死に掴もうとした。ユアもそうしてくれた。彼女の指先が、明丸の指に触れる。
そして、重力によって呆気なく離されて。
「あー、これはだめだ」
「あ、アキマルさーん!!」
明丸は勢いそのままに、大きな水しぶきを上げながら川へと落ちた。
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