第五話 ラノベっぽい! ラノベっぽい、けど……
「うわー……ここまで来ると、本当に雰囲気違いますね」
「そうですね。私も、この森のこんな奥まで来たのは初めてです」
エステレラを出発してから、既に半日以上が経過した。頭上にあった筈の太陽は、既に今日の役目を終えたと言わんばかりに姿を消してしまった。
代わりに、銀色に輝く満月が森と明丸達を静かに照らしている。
「なんか、ちょっと不気味ですね。それに、結構寒いし」
「魔界の影響を受けているのでしょう。魔界は人間界とは違い、大気に満ちる魔力の影響でお天気がとても不安定だと聞いています。真夏のような暑い日の翌日に雪が降る、なんてこともあるそうですよ」
「ええ、そうなんですか」
「でも、今夜はずっとお天気だと思うにゃ。シナモンがてるてる坊主をぶら下げて来たからにゃ!」
前を歩いていたシナモンが振り向いて、自信満々に言った。それにしても、流石は冒険者達。
皆まだまだ元気が有り余っているらしく、笑い声まで聞こえてくる。
「アキマル達は大丈夫かにゃ? 休憩するかにゃん?」
「いや、俺は平気だ」
「私も大丈夫です」
休憩を提案したシナモンに、明丸とユアは首を横に振った。自然特有の凸凹道と、方向感覚が奪われそうな景色の連続。疲れていない、と言えば嘘になるが。これまでに恐れていたような魔物との遭遇がなかったこともあり、思っていた以上には体力を消費せずに済んでいた。
日頃のバイトや、薬草採りのお陰だろう。気が付かない内に、随分逞しくなったものだ。
「おーい、ハルトー。この辺りで良いんじゃないかー?」
「…………」
「ハルトってばー! ちょっと、聞こえてるのー?」
「……へ? あ、わりぃ。そうだな、この辺で良いだろ」
しばらくして、更に前を歩いていた男女の冒険者達が振り向いてハルトを呼ぶ。どうやらぼんやりしていたらしく、ハルトが慌てて皆の方を振り向いた。
「よーし、それじゃあ今から手分けして満月花を探すぞ。今居るこの場所が集合地点だ。皆、地図は持ってるな?」
皆が事前に用意した地図を取り出す。広大な森とはいえ、ルサリィの森は決して未開の地というわけではない。方向を見失わず、地図で自分の居場所を把握すれば迷うことはあり得ない。
今居る場所は、冒険者達がよく目印にするという大樹がある開けた場所だった。確かに、見上げてもてっぺんが見えない程の大樹が傍に堂々と聳え立っている。
夜空を貫くかのような存在感。登ったら、月にも手が届くのではと思ってしまう。
「ここからチームごとに探索だ。休憩は各自の判断に任せる。日の出の頃に、ここに集合しよう。何かあったら笛を吹いて教えてくれ」
「オーケー、任せて。未来のイケメンの為に、お姉さん頑張っちゃう!」
「満月花を見つけたら、一杯奢ってくれよ?」
「皆さん、お気をつけて!」
それぞれ割り振られた方角へ向かう仲間達。今まで周りに大勢居たからこそ、安心出来ていたのだと明丸は知った。
皆が森の中に消えていくのを見送っていると、急に不安と心細さが押し寄せてくる。
「よっしゃー! 絶対にシナモンが満月花を一番に見つけてやるにゃん。期待していいにゃよ、ユア!」
「はい! でも、私も負けませんよ?」
「おーい、シナモン。あんまり離れるなよー」
「わわ、まっ……待って皆!」
はぐれないように、歩き始めた三人の後を追い掛ける。夜の闇は濃いが、銀色の月光が照らす視界は不気味な程に明るい。
月って、こんなに明るいものなんだっけ? 思わず、天を仰ぐ。
「アキマルさん、どうしました?」
「あ、すみません。夜空が……星空が、凄く綺麗だと思って」
前々から思っていたんだけれど。満月の日は、星が見え難いと聞いたことがあるが。それでも、この夜空はとんでもなく美しかった。
眩い満月に、空一面に散りばめられた星々。それら一つ一つが七色に煌めき、まるで宝石のようだ。こんな夜空の下で生きていけるなんて、なんて幸せなことだろう。
……でも、何かが引っ掛かる。
「コラー! アキマル、空ばっか見てにゃいでさっさと探すにゃ! 満月花は空には無いにゃ!!」
「ご、ごめんごめん」
「……ふふ。今度、皆でお月見でもしましょうか」
「お、良いじゃん。アレクも入れて、一晩中騒ぎてぇな?」
シナモンに叱られる明丸を、ユアとハルトが微笑ましく見守る。いつもの和やかな雰囲気に戻ったことで、いつの間にか不安はどこかへと行ってしまった。
よし、と意識を改めて。明丸は空から地面へと集中する。満月の夜にしか咲かない、幻の花。アレクの為に、絶対に見つけたい。その一心で、明丸達は懸命に満月花を探し続けた。
背の高い草を掻き分けたり、木の裏に回ったり。だが、やはり情報が足りなさすぎる。
「うーん、無いにゃー」
「そうだな……少し、休憩しないか? この先に川があるみたいだから、そこで休もう」
地図を見ながら、明丸が言う。他のチームと別れてから、もう三時間以上は歩いただろう。時刻はそろそろ日付が変わる頃だろう。
完徹上等! の気合ではあったが、想像していた以上にキツイ。いくら体力が付いたとはいえ、なんかこう精神的な限界というか、アラサーという年齢には勝てないのか……くっ!
「はい……賛成です。流石に、少し疲れてきました」
「ああ……そう、だな」
「あの、ハルトさん。大丈夫ですか?」
ユアがハルトに駆け寄る。彼は最初から前を歩いていた筈なのに、いつの間にか最後尾まで下がっていた。
おかしい、明らかに。でも、何だか言い出すのを躊躇ってしまう。
「ああ、何でもない。この森の川は綺麗だから、飲み水も補給しよう」
「賛成にゃー。ふいー、一息つくにゃん」
結局言い出せないまま、四人はそのまま川へと辿り着いてしまった。てっきり跨げる程度の小川かと思っていたが、川幅は広くかなり深いようだ。
「うわ……これ、かなり深そうですね」
「水量が多いですね。最近は雨が多かったからでしょうか。でも、水自体は濁っていないようです」
「にゃー……シナモン泳げにゃいから、水に流されたらおしまいにゃ。だから押しちゃダメにゃよ、絶対に押しちゃダメにゃんだからねっ」
シナモンが何度も念を押す。うーん、そう言われると背中をトン、としたくなる現象は何なんだろう。いや、絶対にしないけど。
それぞれ手や顔を洗ったり、水筒に水を入れたり。明丸も手を浸してみるが、夏だと言うのに痺れるくらいに冷たく感じた。
それを終えると、その場に座り込んで休息をとった。あー、一回座ったら疲れがどっとこみ上げてきた。
「にゃー……にゃいにゃー、満月花」
「そうですね……やっぱり、難しいのでしょうか」
土や草がつくのも構わず、仰向けに寝転がるシナモン。ユアもぐったりと座り込んでしまっている。軽食や水での休憩では、早くも限界なのかもしれない。
以前、登山のテレビ番組で登山家が言っていた言葉が思い出される。下山の判断は、体力が十分に残っている時に下すと。今回は登山ではないが、似たようなものだし。
全員の安全を考えれば、目的は果たせなくともここで引き返した方が良いだろう。
「……あの、さ。話があるんだ。満月花は見つかってないけど、皆かなり疲弊してるみたいだから、さ。悔しいけど、俺達はここで――」
引き返そう。明丸がリタイアを提案しかけた、その時だった。
「あ、あの! あれ……なん、ですか?」
「え?」
明丸の言葉を遮ったのは、ユアだった。彼女は空を見上げて、『それ』に向かって精一杯に腕を伸ばして指で示す。
明丸もユアの指し示す方向を見やる。最初は、虫だと思った。一体何を考えているのか、ぐるぐるとその場を飛び回り続ける羽虫。でも、様子がおかしい。
「え、な……何だ、あれ……」
徐々に大きくなる影は、明丸を軽く覆い隠す程の大きさで。ごうっと、空気の塊が乱暴に叩きつけられて息が出来なくなる。
一体、あれは何だ!? 『それ』はみるみるうちに正体を露にしながら、明丸達をめがけて――
「ど、どど……ドラゴンにゃー!!」
「ハルトさん、危ない!!」
まるで弾丸……否、それは翼の生えた砲弾だった。
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