第三話 この時はまだ、あんな事件が起きるとは夢にも思わないのであった……


 アレクの薬を作ると決めてから、こうして毎日のように四人で集まり意見交換会を開くようになった。

 三人寄れば文殊の知恵、と言うのだから四人も集まればきっと良いアイディアが浮かぶに違いない。それに、こういう意見の出し合いというのは結構有意義だということを明丸は知っていた。

 ……以前の職場での自分は、こういう場があっても黙って時間が過ぎるのを待ち続けるしかなかったのだが。


「うーん、やはりアトピーを治すには体質の改善が第一です。その為に、作るべき薬の形状は内服薬ですね」

「えー? あんなに痒そうにゃのだから、塗り薬の方が良いんじゃにゃいのかにゃん? 悪いところに直接薬を塗った方が効く気がするのにゃ」

「確かに見た目は酷いけど、あの発疹は外部刺激によるものではなく身体の中から出てきているものなんだ。だから、生活習慣を改善しつつ薬で体質改善のアシストが出来れば、きっとアトピーは良くなると思う」


 先程アレクに回答して貰ったアンケート用紙を、皆にも見えるようにテーブルの上に並べる。


「でも、体質というのは生まれ持ったものですから。そう簡単に改善出来るものなのでしょうか」

「大半の生き物にとっては難しいだろうが、魔人ならあり得るかもしれないぜ。元々そういう力が高い種族だからな。身体のどこかがおかしくなっているのなら、それさえ治せば案外綺麗に治るんじゃないか?」

「そんにゃ、機械じゃあるまいし」

「いや、ハルトの言うこともあながち間違っていないかもしれない」


 明丸が頷きながら、アンケート用紙の中でも食事に関する箇所を指差す。最近は少し気を付けるようだが、意外にもアレクの食生活は少々いい加減らしい。時間もバラバラだし、栄養バランスも良くない。お菓子だけで済ませてる日も結構多い。

 ……更には、夜にお酒っぽいのをたらふく飲んでるし。あの年齢でも、この世界では飲酒可能なのだろうか。前の世界では確か、十六歳から許可されている国もあったけど。


「ユアさんの言う通り、体質は生まれ持ったものです。でも、日々の生活で積み重ねてきたものでも大きく変わってきます。加えて、魔人の身体能力があれば、かなり短い期間で症状を改善出来るかもしれません」


 水路を堰き止める障害を取り除けば、水の流れはスムーズになるのと同じように。アレクの体質を改善すれば、アトピーも良くなる筈。実際、そうやって良くなった患者さんも見たことあるし。

 そう出来る為の薬を作らなければ。とりあえず方向性は決まったが、これはこれで問題だ。


「ただ、俺が言い出しておいて何ですが、体質改善ってなんかざっくりしてますよね」

「そうだな。頭痛とか、胃もたれとか。そういう具体的な症状に対してなら考えやすいけど」

「うーん……」


 腕を組んで、思わず唸る。以前の世界では、そういう症状には漢方薬を使っていたものだが。この世界にも数多くの薬草があるのだから、何か代用出来るものがあるかもしれない。

 図鑑を捲りながら、ユアの方を見る。


「ユアさん、そういう効能がある薬草ってご存知ですか?」

「え、えっと……すみません、わからないです。でもでも、図鑑になら載ってるのでは!」


 困り顔で、ユアが別の図鑑を開く。ううむ、彼女でも知らないのか。これは、やはり無謀な挑戦なのだろうか。

 皆で頭を抱える。かと思いきや、一人だけそうではなかった。


「にゅー……にゃんか、そういう効果がある薬草、聞いたことがある気がするのにゃ」

「え、本当かシナモン?」


 意外にも、手掛かりを示したのはシナモンだった。


「にゃん。シナモンが育った村の村長が言ってたにゃ。その薬草を煎じて飲むと、生まれ持った身体の悪いものを追い出してあるべき姿にする。シナモンも小さい頃にその薬草の薬を飲まされそうになったのにゃ。でも、そもそも薬草自体が見つからにゃかったから飲まずに済んだけどにゃ、ふふん」

「シナモンが?」


 そういえば、彼女は猫妖精の中では突然変異してしまった姿なのだそう。確かに、これまでに何度か目にした猫妖精とは同じ種族とは思えない程に違っていた。

 ……シナモンは自由奔放に見えて、明丸には想像出来ない苦労をしてきたのかもしれない。


「し、シナモンさん! その薬草のお名前、ご存知ですか?」

「にゃうー、にゃんだったっけにゃー。シナモンも実物は見たことないのにゃん。うーん……にゃんか、お月さまみたいにゃ名前だったようにゃ」

「お月さま……お月さま……あ、これでしょうか!?」


 パラパラと図鑑のページを捲って、ユアが三人に見えるように図鑑を置く。かなり後ろの方のページで、『稀少植物』とページの端に書いてある。これ見よがしに。


「あー! これにゃ! 『満月花まんげつか』にゃ!」


 よほど嬉しいのだろう、シナモンが椅子から飛び跳ねるように立ち上がる。明丸も少しだけ自分の方に図鑑を寄せて、そこに記載されている文章を読んだ。白黒写真で見る限りは、タンポポのような花を咲かせている。

 満月花。大体はシナモンの話の通りのようだ。生まれ持った身体の毒を排出させ、身体の内に流れる魔力を正常化させる。解毒や解熱の作用も高い。ただし、悪夢を見るくらい苦い。

 ……最後の一文、要る?


「満月花……うう、これは稀少植物ですね」

「稀少、っていうことは……珍しい植物なんですか?」

「はい。数が少ない上に、雲よりも高いお山の頂上だったり、とても暑い砂漠だったり、そういう苛酷な土地にしか生えない植物がこの項目に載るんです。稀に旅の商人さんが売り出したりしますが、宝石みたいなお値段がつくこともあるんです」


 しゅん、とユアが項垂れる。マジか。明丸はもう一度、満月花のページに視線を落とす。主に人気ひとけの無い森林に生える、とは書いてあるものの。


「普段は他の薬草と見分けがつかないが、満月の夜にのみ青白さを帯びた白色の花を咲かせる。花が咲いた状態のものでなければ効果はない。植生にはまだ謎が多いが、自然の魔力が流れ込む界境近辺での目撃情報が比較的多い」

「界境近辺の森林って……ルサリィの森でしょうか?」

「確かに、あの森は魔界側にも続いてるし。この図鑑に書いてあることが本当なら、可能性はあるかもしれねぇな」

「魔界側って……えっ、そうなの!?」


 あれっ、今まで何回もルサリィの森には採取に行ってるけど。まさか俺、無意識に魔界まで行ってた?

 ピクニック気分で?


「アキマルはまだ行ったことにゃいから知らにゃいにゃ? 普段の薬草採りは人間界側の方で十分だからにゃ」 


 ほっ、良かった。


「でも……魔界側まで行くとなると、徒歩で半日以上かかるにゃ。かと言って、森じゃあ馬車で行くのも限度があるにゃー」

「問題は距離だけじゃねぇ。あの森は魔界側へ行けば行くほど、魔物が強くなる。それに、そんな稀少な薬草を探すとなるとそれなりの人数が居た方が良くないか? 探しに行くつもりなら、友達や知り合いの冒険者達にも声かけてみるぜ」

「次の満月は、確か五日後ですね。少しでも可能性があるのなら、それに賭けてみたいです」

「決まりにゃー! 題して、『満月花ゲット大作戦』にゃーん! アレクの為に、絶対にゲットするのにゃん! にゃんにゃら、たーっくさん採ってユアの借金の足しにもするのにゃん!」


 四人の意思が纏った。見つけられるかどうかもわからない薬草を、たった一人の少年の為に危険を顧みず探しに行く。昔の明丸だったら、何だかんだ言い訳をして断っただろう。そんな実るかどうかもわからない努力なんてしたくないし、それで失敗したら惨めだと思っていたから。

 でも、今は。自分でも不思議だと思うが、後悔しないように出来るだけのことをやりたいと考えられていた。そこまでアレクのことを大切に思えているのか、それとも明丸自身が変わったのか。今はまだ、わからない。


 そうしている内に、時間は慌ただしく過ぎていき。勝負の日は、あっという間に訪れることとなった。

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