第二話 でも正直パティシエと戦士の組み合わせはいいと思います!


「それじゃあ、ぼくはこれで失礼しますね」

「はい。アレクさん、今日もありがとうございました。お掃除までして貰って助かりました」


 夕方。家に帰るというアレクに、明丸とユアが見送ろうと店先に出る。日中ずっと太陽に焙られていた空気がむあっと暑い。

 ああ、クーラーが恋しい。


「いえいえ。お二人には、いつもお世話になっていますから。少しでも恩返しがしたいだけですよ」

「恩返しだなんて、そんなの良いのに」

「ふふっ。それに……最近、いつにも増して忙しそうなので。何かあったんですか?」


 不思議そうに明丸とユアを見比べて。思わずユアの顔を見れば、気まずそうに笑う彼女と目が合った。アレクの為に薬を作っているとはいえ、本当に完成させられるかどうかはわからないので彼には秘密にしてあるのだ。


「あー……えっと、最近は暑さで体調を崩す方が多いので。何か新しいお薬や栄養剤を作れないか、アキマルさんと考えているんですよ」

「そ、そうそう。それで、ちょっと忙しいだけさ」

「ふうん……そうなんですか」


 ほっ、良かった。何とか誤魔化せたようだ。


「確かに、この辺りは思っていた以上に暑いですからね……お二人も、身体には気を付けてくださいね」

「ありがとうございます、アレクさん」

「いえ。それでは、また」


 軽く手を振りながら、アレクは家路についた。相変わらず彼がどこに住んでいるのかはわからない。ユアにも秘密にしてあることだが、実は何回か家に帰る彼の後を追いかけてみたことがある。しかしなぜか、いつも途中で見失ってしまうのだ。直接聞いてみたこともあるが、何だかんだ今までずっとはぐらかされてしまっている。

 うーん。今はまだ夏だから良いけど、このまま季節が移り変わって日が短くなったら一人で帰らせるのは危ないかも。いずれはきちんと教えて貰おう。


「……ふう。上手く誤魔化せましたね」

「はは。そうですね」

「おーっす、お二人さん。今日も暑かったなー?」

「にゃー! シナモン達が来たにゃよーん。にゃにゃにゃ? こんなところで何してるにゃ?」


 アレクと丁度入れ替わるように、ハルトとシナモンがやって来た。アレクとは逆の方向から来たから、彼とは会わなかったようだ。


「ああ、いらっしゃい二人とも。今までアレクくんが居たんだけど、入れ違いになっちゃったみたいだな」

「そうなのにゃ? くそう、ハルトがお菓子屋さんの女の子と冒険者のお姉さんの絡みに夢中になってなければ間に合ったのにぃ!」

「今まで姉妹推しだったけど、新たな扉を開いてしまったかもしれねぇ。大人しいパティシエ女子と男勝りな女戦士。イイ……凄くイイ!」

「あー、はいはい自重自重」

「最近のアキマルはおれの扱いが雑だな! もっと大事にしろよ、親友だろ!?」


 きゅるん、と穢れのないまなこがこちらを見てくる。アラサー男のそんな目は少しも可愛くないのだが。

 くそう、不覚にも『親友』という二文字がグッときた。


「あー、もう暑いにゃ。鬱陶しいにゃ! ユアー、こんなダメ男共はほっといて早くするのにゃん!」

「え、ええ?」


 ぐいぐいとユアの背中を押すようにして、シナモンが明丸達を置いて店の中へと入っていく。ああ、なんてことだ。すっかりこの百合好きと同類にされてしまったではないか。


「ハルト、もう良いから行こう。これ以上あの二人に変な目で見られたら心が折れそう」

「はは、軟弱だなーアキマルは。もっとこう、ハートを鋼にだな……ん?」


 不意に、ハルトが視線を脇に逸らして表情を消した。ぴくりと三角耳を立てて、まるで何かに警戒するかのように通りの無効をじっと見つめる。


「……どうした、ハルト?」


 ただならぬ様子に、明丸は不安を覚えた。ハルトのような人狼族は、魔族の中でもずば抜けて戦闘能力が高いのだと言う。彼は片足が義足であることもあってか、そこまで好戦的な性格ではないけれども。

 身体に流れる血がそうさせているのだろう。嫌な気配や、悪い予感には人一倍敏感なのだ。


「何だ、この魔力……かなり強い、でも嫌な感じじゃない……」

「ハルト?」

「うん? あー、悪い。何でもねぇよ、気のせいだ」


 ほら、行こうぜ。ハルトが明丸の肩を軽く叩いて、店の中へと入る。一体何だったのだろう。明丸も同じ方向を見てみるも、特に変わった様子はどこにもなかった。

 本当に、気のせいだったのだろう。無理矢理にそう納得すると、明丸も皆の後を追い掛けるように薬局カナリスへと戻った。



 だから、気がつかなかった。


「ふむ、やはり気になるな……『アレク』の正体がバレることだけは避けたいが、アンドレアルフスのこともある。仕方がない、少し探ってみるとしよう」


 薬局カナリスから少し離れた、人気ひとけの無い路地裏から。夕日に髪を金色に煌めかせながら、そう静かに呟く人物が居たことを、誰かが知ることはなかった。

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