第五章
ブラック時代を経験した人間はある意味無敵だぞ!
第一話 あのド鬼畜天使は俺に永遠に消えない傷を残しました
「アレクくん。今日はちょっとアンケートに答えて貰いたいんだけど、良いかな?」
「アンケートですか? ええ、良いですよ」
あの嵐の日から、ぐずぐずと続いていた悪天候がようやく回復した頃。明丸は久し振りに遊びにやってきたアレクを捕まえると、作業場でアンケート用紙と羽根ペンを渡して座らせた。
ユアがアレクの為の薬を作ると宣言してから、今日で一週間。一千万リレを諦めたとはいえ、ユアの薬を求めて店に足を運んでくれる者は後を絶たない。
そういうわけで、店はいつも通りに営業を続けつつ、アレクの薬を並行して作っていくことになった。
最初はユアに付き合うと言ったものの、そんな夢のような薬を作れるとは到底思っていなかった。明丸としては、借金返済が難しいことはわかっていたから、せめてユアが納得出来るまで一緒に挑戦してみても良いだろうと考えていたのだが。
今、もしかしたら本当に作れるかもしれないと思い始めていた。
「結構量がありますね。えっと……あ、痛っ」
「うん? どうしたの、アレクくん」
「ああ、すみません。紙で指を切っちゃっただけです」
小さく苦笑しながら、アレクが右手の人差し指を見せる。一センチ程の切り傷から、じわじわと鮮やかな血が滲み始める様子に慌ててハンカチを差し出した。
「大丈夫か? 絆創膏持ってくるから、これでとりあえず拭いて」
「いえ、大丈夫です。これくらいなら、すぐに治りますから」
「すぐに、って」
驚きのあまり、明丸は自分の口を塞ぐことさえ忘れてしまった。たった今まで血が出ていたにも関わらず、みるみるうちに傷が塞がり始めていたのだ。
まるで早回し映像でも見ているかのような光景に、言葉も出ない。しかしこれこそが、明丸が見つけた可能性だった。
「わー……話には聞いていたけど、実際に見ると凄いな」
思わず、感嘆の声を上げてしまう。魔人族固有の特徴であり、魔族一の美貌を誇るがゆえの、自然治癒力の高さだ。
調べたところによると、魔人族は膨大の量の魔力を体内に保有しており、その魔力が生命維持に大きく関与しているとのこと。身体に傷がつけば、魔力によって即座に修復される。今のアレクのように。容姿が優れているのも、他の種族と比べて魔力の質が良いからだとされている。
つまり。魔人族は元々怪我をし難い上に、病気にも罹り難いという特徴なのだそうで。
「アトピーも、こんな感じですぐに治ってくれれば良いんですけどね」
困ったように笑いながら、アレクが羽根ペンを持ってアンケートに答え始める。明丸は一旦店の方を覗いてから、アレクの向かい側にあった椅子に腰を下ろした。今の時間はそんなに混んでいないから、ユアだけでも大丈夫だろう。
今は、もっとアレクの情報が欲しい。彼に渡したアンケート自体も、目的は情報収集の為のもの。病院で初診の際に患者が書く、問診票のようなものだった。
本当ならば、血液やアレルギーの検査が出来れば良いのだが。残念ながら、そこまでの技術はない。
「ねえ、アレクくん。魔人の人って髪の色で性格がわかるって言うけど、それって本当なの?」
「うーん、皆がそういう風なわけではないですけど、大雑把に振り分けることは出来ますよ。赤い髪の魔人は苛烈で好戦的、青い髪は冷静沈着、みたいな。ぼくみたいな金髪は一番多いので、特にそういう特徴は無いみたいです。ちなみに、髪の長さは魔力の質や量を現しているんですよ」
「へえ……そういえば、魔王さまは銀の髪なんだっけ? 凄く珍しいんだってね」
昨夜読んだ資料に記してあったことを思い出す。歴代の魔王達は誰もが強力な力を持ち、それでいて美しい者ばかりだったそうだが。その中でも特筆されていたのが名君と称される魔王ジルだ。
二百年程前に君臨していた魔王で、魔界と人間界を繋いだ英雄。勇者を一撃で倒しただとか、ドラゴンの大群を蹴散らしただとか。調べれば調べる程に凄いエピソードが山程出てきて、どれが真実でどれが作り話なのかわからない。
「そうですね。銀髪の魔人は能力がとても高く、カリスマ性もあって、魔王になるべく生まれてきたと言っても過言ではないそうです。でも、実は病弱だとも言われているんですよ」
「病弱?」
「とは言っても、魔人の中での話です。特に魔王ジルは一度、病気で死にかけたことがあるだけで、それ以降は寿命で死ぬまで元気一杯だったそうです。とても健康に気を遣っていたみたいなので、そのお陰かもしれませんが」
「へえ……」
なる程。魔王とはいえ、完全な健康体とはいかないのか。でも、良い話が聞けた。
魔族の体質というか、性質というかは正直よくわからない。何で人に耳とか尻尾とか生えてるのかなんて多分一生理解出来ないし。
でも、魔人でも体質を変えることが可能なのだ。
「アレクくんって、ジルっていう魔王さまのことに詳しいね?」
「えっ、そ……そんなことないですよ? 普通です」
「そう? 気のせいだったかな。魔王さまの話をする時のアレクくん、なんかいつもより楽しそうだからさ」
「う……」
ペンを止めて、アレクが恥ずかしそうに小さく呻く。これは完全に図星だったらしい。
「えっと、別に……その。ジルの存在は、魔人にとっても凄く特別なので。それに、なんていうか……か、格好良いですし。彼みたいになりたいなー、なんて……考えないこともないんですけど」
「あはは。そうなんだ、良いと思うよ。憧れる存在が居るのって」
「うああ!! こ、この話は止めましょう! 恥ずかしくてどうにかなりそうなのでっ」
珍しく声を荒げながら、アレクが再びアンケートに向かう。そんなに恥ずかしがらなくても良いだろうに。明丸視点で置き換えると、あれか。高校生くらいの子が徳川家康に憧れているって感じになるのだろうか。
うん、可愛いもんだろ。
「……ふふっ」
「うん? どうしたの」
「ああ、いえ。ぼく、一人っ子なんですけど……もしもお兄さんが居たら、こんな感じなのかなって思って」
すみません。はにかみながら、アレクが言った。そういえば、もしも明弥が生きていたらアレクくらいの年頃になっている筈だ。
うーん、いやでも……アレクは見る限り十五歳くらいだから、もう少しだけ上か。最近会った人で、それくらいの年齢の子は確か……。
『天気は良好、地上は平和。これ以上ない堕天日和だ。紐もパラシュートも必要ねぇ、神に許されたいならピクニック気分で飛び降りやがれ! ギャハハハ!!』
「ひいぃっ!? もうパラシュート無しのスカイダイビングは勘弁して!!」
「ど、どうしましたアキマルさん? すかいだいびんぐ?」
「あ、いや……何でもない」
そうだ、そういえばサリエルが丁度それくらいかもしれない。人種としては対極だけど。明弥はあんなに趣味が悪くなかったし、凶悪な笑い方はしなかった。何より可愛いから、俺の弟は。
くそう。たまに夢で見るんだよ、あのド鬼畜天使め。
「なんか、すみません。やっぱり……ぼくみたいな弟なんて嫌ですよね」
「まさか! アレクくんが弟だったら絶対甘やかすよ。何なら、お兄ちゃんって呼んでくれても良いよ」
「本当ですか? えへへ、お兄ちゃんかー。嬉しけど、ちょっと照れますね」
そう言って、アレクがいつもより少しだけ柔らかく笑う。目の前の儚い笑顔に、明丸は改めて彼の病気を治してあげたいと思った。
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